〜6〜

暖かな光を点すランプを手元に引き寄せ、俺様は本を読んでいた。
この間の島でロビンが手に入れた本で、あの蝶の記述が詳しく載っているからだ。
名を『銀月蝶』と言うあの幼虫は、珍しい『渡り』をする蝶だと教えられて驚いた。
例え羽化した時に、蛾のように醜くても良いや…という気持ちで保護したからだ。

「……醜いアヒルは、美しい白鳥になるんだな……」

折りしも中天に掛かろうとしている満月に、そう呟いた。
本は丁度、銀月蝶の生態系についての描写に入っており…俺様は文字を追いかける。

……彼らは天敵である鳥類を避けるため、主に夜活動する。
渡りも夜の間に行われる為、これを目にする機会は少なく…故に幻の蝶と…………

黒い夜空に舞い踊る、銀光を放つ何万匹もの蝶の群れ。
さぞ美しい光景なのだろう…と思いつつ、今夜一羽だけ羽化するかも…とロビンが言ってい
た事を思い出した。
もしもその兆候が現れたら『能力』を使って知らせてくれる事になっているのだが…今の所
何の知らせも無いし……コリャ次の満月まで待たまきゃ駄目かな………と思った時。





「ウソップ」





突然背後から声を掛けられた。
いきなりだった事と、そして………サンジの声だった事も手伝って、かなり驚いてしまった。
膝に乗せていた本もバサリ…と滑り落ち…ないよう慌てて手を伸ばしながらも、怖々振り返った視線の先には……真剣な顔をしたサンジがいた。
喧嘩してから早五日が経過しており…俺様としても早く仲直りしたかったのだが…如何にせんこの性格が邪魔をしてしまい…現状に至るのであった。
何か言わなければ…とは思うのだが、視線を合わせたまま…何故か言葉が出てこないのだ。
サンジもそれは同じ様で、そのまま数秒見詰め合っていると………先にサンジが口を開いた。

「グレート・コック宅配便です」
「…………へ?」

サンジはニッと笑うと、体の後ろに隠していた物をそっと取り出した。
それは、かなり見覚えのある…だって俺様が自分で作った物だから…木箱だった。

「これ…何でオマエが?」

その問いには答えず…サンジはゆっくりと木箱を開けた。
途端!中から銀色の光が溢れた。

「!!!!!」

小さな口広ビンの中で……今、正に銀月蝶が羽化を終える所だったのだ。


「すげ…………キレー……………」


俺様がそう呟くと、サンジはゆっくり木箱からビンを取り出し、俺様の手の平にそっと乗せた。
手の中に握り込むと、少し光が和らぐ。
銀月蝶は、濡れている翅を乾かすために…今脱いだばかりの殻に必死にしがみつ付く。
こうして見ても、やはり形状はアゲハ蝶に近いものがあるが…決定的に違うのは、その翅が淡く銀光を発している所だろう。
光は、翅が乾くにつれてその大きさを増して行き…しかし、眼に刺すような光では無く、温かな…包み込む様な優しさを持った光だった。
俺様はそっとコルクの栓を抜くと、床へと慎重に置く。
ビン自体がランプの様に輝き、見張り台の内側は昼間の様な明るさになった。

「………あのさ、サンジ」

今ならちゃんと理由を説明し、謝れる!と思った俺様が意を決して話し掛けようとした途端…サンジはそれを遮ってこう言った。

「ウソップ、もう良いさ」
「サンジ………?」

怒っているような口調ではないが、もう良い、何て言われただけでは、こっちの気が収まらなくて…尚も言い募ろうとした俺様を…………サンジが手を上げて制した。

「…………???」

と思っていると、サンジは微笑み……足下を指差した。
何?と思う間も無く、下方から銀色の光が……昇ってきた。



「!」



ゆっくりと光の軌跡を描きながら…銀月蝶が今、翔び立ったのだ。
銀の光はゆっくりとした動きで、見張り台周辺を彷徨い…やがて何かに魅かれるかの様に、降下し始めた。
遠くなってもその輝きを見失う事は無く…やがてミカンの樹へと舞い降りた。
樹には花が咲いていたから、その香に魅かれたのだろう。
銀色の光が木々の間を舞い踊る様子は、非常に美しく……幻想的だった。
一匹でもこの美しさなのだから、残りの五匹が孵ったらどんなにか綺麗だろう…と思いながら、その光景を眺めていた俺様を……サンジが後ろから抱き締めた。
久し振りのその感触に、何だか安心していると……低い声が直接耳元で囁いた。

「…アイツを育ててるの、隠してたんだな」
「!!…………気付いてたのか?」

いや…と、サンジは俺様を抱き締めたまま続ける。

「ナミさんやロビンちゃんが、教えて下さったんだ」
「そっか……あの二人が……」

ロビンには、割と早い段階で事情を話しておいたし、ナミにもミカンの葉を幼虫に与える為に、決死の覚悟で頼み込んだから………きっと俺たちの事なんぞもお見通しで、サンジに話してくれたのだろう。
そのお陰で無事、銀月蝶は羽化する事が出来たし…二人には心の底から感謝した。

「……その………黙ってて悪かった。でもよ、オマエの苦手な虫関連だったから………」

もしか俺様が逆の立場だったら…サンジが船内でコッソリきのこ栽培なんかを始めよう物なら……と、リアルに想像してしまい、鳥肌が立ってしまった。
キライな物の事をわざわざ教えてやるのは、この場合……親切じゃなく、ただの嫌がらせだからだ。

「……もう少し育ってから…せめてサナギになってから話そう……って思ってたんだけど……何かタイミング掴みにくくってさ……俺様、結構要領悪ィかもな…」

はははっと笑う俺様を、サンジは何も言わずに抱き締めていてくれる。
怒ってはいないけど……呆れてんのかな…とか思っていると、唐突にサンジが喋り出した。

「悪ィのは、俺の方だ。オマエの事ばっか見てんのに…オマエの隠してること見抜けなくって…んで、イラついて八つ当たりして、回りにまでメワークかけまくって…………本当、サイテーの男だよな」
「サンジ!?」
「隠し事されてるって分かった時…俺って信用されて無ェんだな……って思った」
「!!……違うって!」
「ああ、分かってるって、今は。……でも、あの時の俺は…そう、蝶々に嫉妬してたのかもな。オマエの心を独占してしまった………俺以外の存在に」

サンジはそう言うと、俺様の肩へと顔を埋め……小さく呟いた。



「…………マジ、ゴメンな。気付いてやれなくって………………」



俺様は右手を伸ばし、サンジの髪に触れた
満月の光を反した金髪が、その輝きを増していた。
幾度もあやすように梳いてやれば…サンジはおずおずと顔を上げた。



「もう良いって、サンジ」



今回はお互い様だな、と俺様が笑うと…サンジも漸く笑顔になった。
サンジの手が俺様の頬に添えられて…触れるだけの優しいキスをくれた。
サンジの熱が唇越しに伝わって来て…長い間、夜風に当たっていたにも関わらず、唇だけはヤケドしそうな程に熱く感じられた。
思えば『あの時』以来のキスで………俺様としては、もう少しだけ、していたかったのに……なのに、そんな時に限ってサンジはあっさり離れてしまって………




「………………………………………………サンジ」
「ん?」




俺様は腕の中でくるりと向きを変えると、サンジにそっとキスをした。
面食らっているのか、サンジの動揺が唇から伝わって来たが、それもすぐに消え去り……キスはいつの間にやらサンジ主導になっていった。



「……っ…………………………は…ぁっ……ン……」



舌が口内を侵食し…湿った水音が生じる程に、互いの唾液が絡まりあう。
背中に回された腕が無かったら……力の抜け切った俺様の体は、床に崩れ落ちていただろう。
それでも必死にサンジの胸元にしがみ付いていると……漸く唇が離れた。

「……はっ……おま…………長…過ぎだっ…………」

予想外に濃厚な物になってしまった口付けに対して……自分で仕掛けておいて何なんだが……文句が出てしまった。
しかし、サンジは悪びれた風も無く。
むしろ、上機嫌を絵に描いた様な……先程のしょぼくれた男とはとても同一人物とは思えない……笑顔でこうのたまった。

「…だって、ウソップからキスして貰うなんて……超!久し振りだったんだぜvvv」

だからって、酸欠に追い込む様なキスするなっ!と、俺様がツッ込むと……サンジはニヤッと笑った。

「それは、つまる所……もう一回しても良いって事?」
「!!」

俺様の返事を待たずに、サンジは唇を重ねて来た。
今度は、先程より少し控えめなキス。
しかし…控えめだろうが大人しかろうが、キスには変わりなく……
そして、落ち着いている分
逆に……




……………感じてしまうキスだった。




サンジもその事を承知の上で…………先程まで、ただ支えるだけだった腕が、行動を起こしていた。
俺様の背中を見張り台の壁へと預け、左手は俺様の右手を押さえ込み…器用に動く右手が、オーバーオールの隙間から脇腹の辺りを撫で上げる。

「……っ…サ、ンジっ…ソコ………やっ」
「嫌って事は……イイって事?」

一旦離れた唇で耳元へ直接囁かれると、ビクンッと体が揺れてしまう。
俺様の弱点を知り尽くしているサンジに、今更強がってみた所で如何しようも無いのだけど……それでも俺様の性格上、素直に言うなんて絶対無理で……


「やだっ……てっ……………ぁんっ」


敏感な首筋に僅かに歯をあてられて、自分の意思とは関係なく声が漏れてしまう。




「…………もっと、聞かせてくれよ……オマエの声…」




素面の時なら赤面物の台詞も、今の俺様には熱を増すだけの要素へと掏り替わり…
自分の物とは思えない………嬌声を抑える術を持たない俺様に出来る事は、サンジの与える快感に身を委ね…開放の時をただ、待ち侘びるのみ……



「………っサン…ジ…………ッ」
「…ウソップ………っ」



行為の先を促すように、俺様はサンジの背中へと腕を回し……その熱を離さぬよう、指先に力を込めた。










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