騒がしい夕食の最中……ナミさんが、俺の耳にそっと囁かれた。

「ねえ、サンジ君。今夜の仕込みが終わったら…出来るだけ早めに、後ろ甲板に来てくれる?」

勿論ナミさんのお願いを断る理由など無く……だが、どんなに急いでも、一時間強は掛かってしまう事を伝えると「それで良いから…でも、なるべく急いでねv」とおっしゃった。
用事については一言も触れられなかったので、この話はここで一旦終了した。
しかし、俺がいくら早めに………!と思っても、他の連中がいつまでも喰っていたら、無理だよな…と思っていると、今日に限って…食べ終わると同時に、全員が出て行ってしまったのだ。
こういう日も、たま〜にはあるんだなぁ…とか考えながら、静かなキッチンの中手早く片付けと仕込みを済ませる。
目の回るような忙しさだったが、何とか予定よりも早く終える事が出来た俺は、約束どおり後ろ甲板へと向かった。
一体、何の用事なのだろう……?と思いながらキッチン横を通りかかると、階段脇にロビンちゃんが佇んでみえた。

「?」

と思いながらもその脇を通り抜け…後ろ甲板へと出た俺を、ナミさんが笑顔で迎えて下さった。

「急がせちゃってごめんね、サンジ君」
「いえいえ、ナミさんの仰せとあれば、このサンジ、例え火の中水の中!」

ナミさんは手摺にもたれ掛かっておられ、そにお足元には小さな木箱が一つ置かれていた。
用事と言うのは、多分にこの木箱に関係が…?と思っていると、微かな靴音を響かせてロビンちゃんがいらした。

「???」

頭の中で疑問符が雨霰の如く降り注ぎ…俺は答えを求めてナミさんを見た。
ナミさんは、意味ありげな笑顔で俺に向き直られた。

「さて、サンジ君。もうチョッパーから聞いたと思うんだけど……『蝶』の話」
「……ああ…確かに昼間、聞きましたけど……」

それが何か?と聞き返す俺に、ナミさんは満足そうに頷かれた。

「OK♪それなら話は早いわね。この中にその『蝶』のサナギが入っているの」
「………………………は?」

寝耳に水…なその話に、俺は思考回路が一時停止してしまった。
しかし…そんな俺にはお構い無しに、ナミさんは喋られる。

「本当は、後五匹いるんだけど…このサナギだけ、早めに羽化しそうなんですって」

はあ、そうですか…。と、曖昧な返事をしつつ、何故海の真ん中を走行するこの船に、そんな物が…?と考えて、気付いた。


  ……………あの時の幼虫か………


それ以外に考えられない、突然のサナギの出現理由を俺はそう結論付けた。
そして…恐らく、と言うか確実に…ウソップの『隠し事』はこのサナギだったのだ、と言う事にも気付いた。
大の男がたかが虫如きにギャーギャー喚くなんて………自分でも本当、情けないとは思うのだが……本当に虫、特に蜘蛛や百足、幼虫…要するにブキミ系が駄目なのだ。
それを知っているのは、あの時一緒に森に入った人間…ナミさんとウソップだけで。
………ま、今回の事で船中の人間の知る所となってしまった訳だが……



…………………だからあんなにも、必死に隠したんだ…………!


そして、それは俺の事を想ってくれた、いわばウソップの『愛』の深さの表れで……!
今すぐにでも、ウソップの元へと走って行きたい衝動にかられるも、ナミさんやロビンちゃんの手前、そういう訳にも行かず…悶々としている俺の前で、ナミさんが木箱を俺に差し出された。

「はい、コレ。絶対落とさないでよ?」
「は、はあ……で、これを何処へ運べば良いんですか?」

この箱を移動させる為に呼ばれたと思った俺は、木箱を慎重に受け取りながらそう聞く。

「違うわ、それを届けて欲しいの」

それまで黙ってみえたロビンちゃんが、柔らかな微笑みを浮かべながらそう言われた。

「……この時間にですか?」

いくら俺でも、一人で夜の海に小船で出掛けるのは…流石に遠慮させて欲しい……と、思ってそう答えると、
今度はナミさんがクスクス笑いながら言われた。

「あら、そんなに遠くないわよ。…………ちょっと、あそこまでだからv」

そう言いながら指差されたのは、この船で最も高い場所………………見張り台だった。
よく見れば…其処には人影が見える。

「この蝶の羽化を、一番楽しみにしている人があそこにいるから…早く届けてあげて欲しいの」

頼めるかしら?とロビンちゃんが言われる。
俺は手の中の木箱をしばし見つめた。
遠目にも、今見張り台にいるのがウソップだと判る。
これは、お二人からの好意…と受け取って良いのだろう。

「じゃ、よろしくね〜v」

お二人はそう言い残されると、部屋へと戻って行かれた。
残された俺は、その後姿を見送ると…いざ見張り台目指して行動を開始した。
ここまでしてくださったお二人のお気持ちを、無駄にしない為に。




…………そして何よりも、ウソップと仲直りしたいから…………!




木箱を水平に保ちつつ…しかし、風のようなスポードで俺はマストをよじ登った。
折りしも今夜は満月で…
……木箱の中の『蝶』が羽化するのも満月の夜だ、とかチョッパーが言ってたっけ……
と、思い出しながら、無事見張り台へと到着した。
そっと昇降口から中を窺えば…ウソップは、丁度背中をこちら側に向けて座っているので、その表情を知る事は出来なかった。
ま、狭い見張り台の中だとどうしても進行方向へ向けて座ってしまうので…仕方が無い、と思い直した俺は、目茶苦茶なリズムを刻む心臓を何とか宥め…意を決してウソップへと声を掛けた。










入浴を済ませた私が部屋へと戻ると、ロビンは大き目の木箱の蓋を被せた所だった。

「そろそろ孵りそう?」

その箱の中には、残り五匹のサナギが誕生の時を待ち侘びているのだ。

「いいえ、まだ固体の大きさも十分では無いし…やはり次の満月になりそうよ」
「そんなにも待ってられるの?」
「さあ?でも満月の夜に羽化する…としか記述にも無かったし。特殊な蝶だから、成長を調整できる機能が備わっているのかも…」
「ウソップ風に言うなら…「さすがはグランドラインの蝶々だな!」……って感じかしら♪」
「そうね……でも見て。月に呼応しているわ…………ホラ」

どれどれ?と木箱を覗くと、僅かに開かれた隙間から淡い銀光が漏れていた。
それはサナギから発せられているもので…どういった原理か?などと追求しても、仕方が無い光だった。
最初、ウソップから話を聞いた時は、内心怒っていた。
私の大切なミカンの葉を、知らないうちに幼虫の餌にしていた上に、その幼虫を女部屋に潜ませていたなんて…
……!と、ウソップに言えなかった分、ロビンに言ってやろうと思っていた私だった。
しかし、女部屋に戻った私が見たのは…嫌らしい幼虫の姿ではなく、美しく淡い銀光を放つサナギ達だったのだ。
ロビンの話では、二つ程遅れがちの個体はあったものの、つい一時間程前には全てサナギへと変化したと言う。
サナギに変わってしまえば、もう餌も必要ない訳で…とりあえず許してやったのだ。
そして改めて、この蝶の正体を知った。
名を『銀月蝶』と云い…そして、先日立ち寄った島で手に入れた本が、偶然いもその蝶に関する文献だったのだ。
しかし、ロビンはこうも言う。

「あの蝶は、やはりこの近辺の島を『渡り』の中継ポイントの一つとしているのではないかしら。だからこそ、あの
島に寄港していたこの船に、卵を産んだのだわ」

まさか、樹が移動するなんて蝶は思わないからね…と、付け加えるロビン。
がしかし、あの島には結構長居したにも関わらず…その手の話は一切聞かなかった。
私がその旨を問うと、ロビンはこう補足してくれた。

「恐らく…あの本もかなりの年代物だったし、そんなにも美しい蝶がいるのなら、マニアが大挙してやって来るに違い無いでしょ?でも、あの島にいる間中…少なくとも私はそんな人達、誰も見かけなかったわ。」

だから、これは私の憶測だけど…と、ロビンは控えめな前置きをしてから、言葉を続けた。

「あの島の人々は、銀月蝶の存在を知らなかった。或いは隠していた、のどちらかになるわね。前者である可能性は極めて低いけど…若い世代の人達は知らない可能性もある。そして、後者。可能性の高さはコチラの方が高いと言えるわ。この本にも『幸運を呼ぶ蝶』といわれている、との記述もあった事から考えると、やはりこの蝶は神聖な物として扱われていたのかもしれないわ」

外部の人間を警戒して教えてくれなかった…と言うのが、一番しっくり来る答えね。と、ロビンは締め括った。

「成程…でも、そうなるとこの蝶達、仲間からはぐれちゃったって事よね………何だか悪い事しちゃったかな…」

幼虫の時は、あんなにも毛嫌いしていたのに……と、我ながらそう思う。
しかし、人間なんて所詮そんなもの、と私は開き直った。
ちょっと違う気もするが、ウソップだって形や色が変われば、嫌いなキノコだって食べてたりするからだ。

「……無事、羽化出きると良いわね」

思考が脱線しつつあった私だったが、ロビンの一言でお軌道修正出来た。

「………そうね」

今回の羽化は、あのバカ二人に譲ったのだから…私達はこの五匹の時を楽しみにしましょう♪と私が言うと、ロビンは柔らかな微笑みを浮かべ……開いていた木箱の蓋を、そ…っと閉じた。








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