〜4〜

穏やかな午後…私は久しぶりにミカン畑へと向かった。
ウソップに害虫駆除を依頼してから、早五日
幾らなんでももう終わっただろう…と思ったからだ。
それに、いくらウソップが起用でも、ミカンの樹に関しては、自分でちゃんとしたいから。
階段をゆっくり登っていくと…霧吹きを片手に、葉の裏側を丹念に覗き込むウソップの姿が見えた。

「ウソップ、ご苦労様v」
「お?ナミか!見ろ!!俺様の完璧なる仕事っぷりを!!!」
「どれどれ〜?」

嫌いな人間は、嫌いな物を見つけるのが何故か上手い。
あの時も…私とサンジ君以外は、中々虫の存在に気付かなかったし……ウソップも、サンジ君が苦労して細かく刻んだキノコを発見するのが得意だ。
そんな私がチェックしたのだ。完璧と言っても過言では無い程、虫の姿は消え去っていた。
そして、一番心配していた樹へのダメージも、ほぼ見られず…私はウソップに向き直ると素直に礼を言った。

「ありがと〜ウソップ!やっぱりアンタに頼んで正解だったわ〜v」
「そ、そうか?……まあ、この天才ウソップ様にかかれば、こんな事くらい朝飯前!だぜ♪」

胸を反らしてそう言うウソップは、手にしていた霧吹きを私の目の前に突きつけた。

「ナミ、これを特別に分けてやるぞっ♪」
「何?コレ……」

半透明の容器の中、半分程の位置まで…液体が入っていた。
一見、只の水の様に思えた私は噴射ノズルを外し、中を覗込んだ。
途端、鼻を突いたには刺激臭………!

「きゃっ………!何?これっ!!!」

思わず顔から遠ざけウソップを睨むと…「そんな物のニオイ嗅ぐなよ…」と半ば呆れつつ、中身の説明をしてくれた。
この中身の正体は、食用にする物とは製造工程なんかでかなり違うが…要するに『酢』らしい。

「コイツは『木酸酢』って言ってな?ニオイで分かると思うが…原料が『樹』で出来てる酢なんだ」

元が樹木だから、当然植物には何の影響も無い。
しかし、このニオイが虫除けになるらしいのだ。

「この間の島に寄った時、小瓶が安売りしてたんだ♪最初は新しい『星』にでも詰めてやろうかと思っ
たんだけどさ…ホラ、すげぇ臭うだろ?」

目や口にでも入れば、確かに一撃必殺だろう。
私はこの『酢星』を敵が喰らう所wp想像してみて…笑える反面、少々可愛そうにもなった。

「コイツを、一週間に2〜3度吹き付ければ、もう虫なんて恐くねェぜ!」
「へえ〜便利ね。ありがとう、ウソップv」
「なんのなんの♪」

煽てに弱いのが、ウソップの長所でもあり短所でもあり…苦笑しつつも、霧吹きを受け取った。

「このお礼は、何が良いかしら?」
「………へ!?」

そんな事、思ってもみなかった…と言うような顔つきで驚くウソップ。
しかし、いくら私が自他共に認めるケチでも、大切なミカンの樹を守ってくれたウソップに、何のお礼もしない程、非常識な人間では無い。
ただし、私の出来うる範囲でお願いねvvと補足すると、ウソップは「お、おう……」と言ったまま、考え込んでしまった。
以外に真剣なその様子に驚きつつ…こう付け加える。

「…でも、別に今すぐじゃなくてもいいのよ?私に貸し一つ作っておくのも、悪く無いわよ♪」

いざって時に役立つわよ〜と、半分冗談混じりで付け加えると…ウソップは真剣な顔のままこう言った。

「ナミ…頼みがあるんだ」
「…ソレって、サンジ君絡み?」

思い当たる節があったのでそう聞けば…ウソップは激しい勢いで否定した。

「ちっ違う!そんなんじゃネェっ!!」
「あら?そうなの……私はまたてっきり、仲裁して欲しいのかと思ったわvv」

そう…現在ウソップとサンジ君は、犬…所か、ルフィでも喰わない喧嘩の真っ最中なのだ。
原因は知らないが、どうやら今回はウソップの方に原因があるらしい…と、ゾロから聞いた。
でもその割りに…サンジ君の方が謝ろうとしている辺り、惚れた弱みなのだろう…
喧嘩に突入してから、かれこれ五日は経過していて…これ以上長引くと、また食器が減ってしまいそうで、私としても早く仲直りして欲しかった所なのだ。

「そうじゃなくって、俺様が頼みたいのはっ」
「はいはい、解ってるってば。サンジ君とのデートの約束を取り付ければ良いんでしょ?」
「〜〜〜っだから、ち〜が〜う〜〜〜〜〜〜っ!!!」

顔を真っ赤にして、力いっぱい否定するウソップ。
確かにからかい甲斐があるわよね…と思いながら、話を元に戻してやった。

「分かったわよ。で?何を頼みたいのよ」

肩で息をしながらも、ウソップも本題に戻った。

「実はな…………」

少し抑えられた声で話された『頼み事』の内容に、私は驚いた。
実は、寒気すら覚えたのだ。
しかし、ウソップの真摯な態度と、あと2〜3日で終わる、と言うウソップの言葉。
そして………ロビンが言う『伝説』が本当なら……と言う事で、私は『頼み事』を承諾した。
ウソップは、何度も「ありがとなっ!」と連呼しながら、嬉しそうに階下へと走っていった。

「良くまあ、私に気付かれずに育てたわね………」

怒りも湧こうという内容なのに、何故か怒らなかった自分が不思議だった。
そして…ウソップが言う『伝説』が本当かどうかを確認するために、私はミカン畑を後にした。








天日干しにしておいた薬草がようやく乾いてきたので、おれは擂り鉢を借りよう…と、キッチンへ向かった。

「サンジ〜、ちょっと擂り鉢か…………!?」

貸してくれよ……まで、おれは言えなかった。
何故なら…サンジは、その背中に……青く暗いオーラを纏って……まるで死人みたいな顔をして椅子に座り込んでいたからだ。


………忘れてた…サンジ、今ウソップと喧嘩してるんだったっけ…………


他の皆に聞いた所によると、悪いのはウソップの方らしいんだけど……サンジの落ち込み加減を見る限りでは、とてもそうとは思えない。
でも、どうしても擂り鉢を借りたかったおれは、勇気を総動員してサンジに話しかけた。

「…サンジ、サンジってば」
「………ん?何だチョッパー……夕食なら、も少し後だぞ?」
「う、ううん、そうじゃ無いんだ…」

擂り鉢を貸して欲しい、とおれが言うと「ああ…」と短く返事を返したサンジは、棚の奥から擂り鉢と擂粉木を持って来てくれた。

「これで良いか?」
「あ…ありがとう、サンジ」

後で洗って返せよ?とだけ言うと…サンジはまた、椅子に座った。
以外に普通な反応のサンジにホッとしたけれど、このまま一人で落ち込んでいるサンジを放って置く事も出来ず…おれは、なんとなくウソップ工場に座り込むと…薬草を粉にする作業を始めた。
静かなキッチンに、擂粉木の音が響く。
本当は何処でやっても良いんだけど…水が手近に使え、風が吹き込まない所って言うとキッチンが一番で…サンジに「出て行けっ!!」て怒鳴られやしないかと思ったけど、サンジは特に気にしてない……って言うか、耳に入っていない感じで……ただぼんやりと扉の方を見ているだけだった。
二人が喧嘩してから…確か、五日は経っている。
最長記録樹立ね☆とかナミが言ってたっけ。
ゾロやルフィは「いつま続くか賭けようぜ!」…とかも言ってた……
でも、おれは知ってるんだ。
本当は皆、早く仲直りして欲しがってる事を。
だって、二人が喧嘩した日から船の中の空気が重いんだ。
それを、一番感じるのが…食事の時だ。
普段なら、ウソップやルフィが面白い話をしてくれて…そこにゾロやナミやロビン、サンジも一緒に笑ってくれるから…もっともっと楽しくなるんだ!
おれは二人に仲直りして欲しくって…サンジに元気になって欲しくって…そう思ったおれは、思い切ってサンジに話しかけた。

「サンジ、あのさ…おれ、面白い話聞いたんだ♪」
「…………………」

サンジはチラッとおれを見たけど、何も返事をしてくれなかった。
でも、おれはそのままの」勢いで喋り続ける。

「この海にはさ、『渡り』をす蝶々がいるんだって」









チョッパーは、俺の返事を待たずに喋り出した。
それは、ある特殊な蝶の話だった。
普通…昆虫という生物は、限られた地域。例えば一つの島なら島の中…で、その一生を過ごす。
グランドラインでは、島ごとに気候が違っていたりする為に…その島の風土に合わせ、特殊な進化をする種が多いらしい。
アラバスタを引き合いに出すなら、ヒッコシクラブやサンドラマレナマズ、バナナワニ等を言うらしい。
だが、その蝶は『渡り』をすると言う。
『渡り』とは、文字通り島から島へと『渡り歩く』事で…鳥やある種の魚が、一定のコースを回遊する…と言う事がある事は知っている。
しかし、その蝶は『春島』だけを選別して渡るという、不思議な蝶で…一説には、この蝶は体内にログポースの様な仕組みを持ち…春島のみに引かれ合う、とも言われているんだそうだ。

「でな、この蝶々。一見すると、形はアゲハみたいなんだけど…色がすごいんだって」

蛹から羽化するのは、必ず満月の夜。
それも、月が丁度中天に掛かる時なのだそうだ。
月光を受けた蛹は、一斉にひび割れ…内側から、銀色の燐光を発する成虫が生まれ…そのまま『渡り』の旅に出るのだとか。
俺はチョッパーの声を聞きながら、その様子を思い浮かべてみる。
何千、何百という銀色の蝶が、月明かりに煌めく海の上を舞い踊る様を………
一匹一匹が、星の欠片の様で……きっとキレイなんだろう。

「この蝶々を見ると、幸せになれるんだって!」
「…幸運を呼ぶ…って言うよりか、『春』を呼ぶ蝶って所か?」
「!…そ、そうだね。春はポカポカしてて、おれ好きだ!」

俺が会話に加わると、チョッパーは瞳をキラキラさせて嬉しそうに「エッエッエッ」と笑った。
そして、唐突にこんな話をしてくれたチョッパーの行為が、俺を励ます物だと気付いた。
チョッパーにまで心配されるほ程、俺は落ち込んでいたらしい。
まあ、愛しい相手と喧嘩して…その和解もまま成らぬまま、早五日が過ぎようとしているのだから…当然といえば当然だ。
あの手この手でアプローチを試みた俺だが、ウソップの逃げ足の速さに、今日まで失敗を重ねており…落ち込まない方がおかしいだろう。
結局ウソップの『隠し事』も何なのか掴めておらず、明日もこの調子かな…と考えていた所に、チョッパーがやって来たのだった。
ウソップの様に饒舌…とは行かないが、チョッパーの話しも中々に面白く、いい気分転換になった。

「チョッパー」
「ん?何だサンジ」
「ありがとな」

最初はキョトンとしていたチョッパーだったが、お礼を言われた事に気付いた途端…顰め眉に笑い顔…と言うコイツ独特の笑顔になった。

「バ、バカヤローが!そんな事言うなよ〜!照れるぞコノヤローがっ!!」

パパン…スィッ…というリズムの手拍子に、足の振りも付けて踊るチョッパーに、自然と笑いが込み上げて来た。
俺は冷蔵庫から、隠しておいた上等のチョコレートを取り出すと、感情表現の下手な船医へと手渡した。

「オラ、これ喰って待ってろよ。夕飯までのつなぎだ」
「良いのか〜?」

そう聞く前に、チョコの端を掴んでいる辺りが、ルフィに匹敵する食いしん坊のチョッパーらしい。

「ルフィに見つかるなよ?俺にも寄越せ〜っ!とか言って、ウルセエからな」
「う、うん………努力するよ!」

なによりの宝物の様にチョコを抱えたチョッパーは、真剣な表情で頷くと…作業に戻った。
ごりごり…と、リズミカルな音を聞きながら、俺は遅れを取り戻す様に、夕飯作りへと没頭していった。





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