イライラした気持ちを抱えたまま……という状態で戻ったキッチンには、先客の姿があった。
「………!ロビンちゃん!?」
どうやら紅茶を煎れにいらしていた様で、テーブルの上には彼女愛用のカップが出されていた。
「勝手に触らせて貰ってるわね」
「いえいえいえいえ、そんな事全然構いませんとも!あ、何でしたら俺が煎れますっ!!」
じゃあお願いしようかしら♪と、手にされていた紅茶缶を俺に手渡されると、ロビンちゃんは優雅な動きで椅子へと座られた。
俺は急いでヤカンを火にかけると、紅茶用のレモンを…と思い、冷蔵庫を覗いたついでに中に冷やしてあるおやつの出来具合を確認した。
本日のおやつは、レアチーズケーキ。
砕いたグラハムクラッカーを敷き詰めた上に、生クリームやクリームチーズをミックスした特製クリームを重ねたレアタイプの物で、昼食後から冷蔵庫で冷やしていたのだ。
このままでも十分美味いのなが、ベリー系のソースや柑橘系のジャムが良く合うケーキだ。
……今日はラズベリーソースかレモンのジャムかな……
等と考えている間に湯が沸いたので、急いで紅茶の方へと戻る。
温めておいたテーポットに茶葉を適量入れ、湯を注ぐ。
素早くティーコジーを被せ、ソレと同時に小さな砂時計を引っ繰り返し、蒸らし時間の計測を始めた。
その間に、レモンの輪切りを一枚、砂糖やミルク、シナモンスティック等の乗った小さなトレーと共にテーブルへと置けば「ありがとう、コックさん」と、ロビンちゃんが微笑まれた。
「いえいえ、これからはもっと早く俺におっしゃって下さいね☆貴女のコックが飛んで参りますから」
と、俺が返すと、彼女は「あら、本当?」と、意味ありげな笑みを浮かべられた。
「勿論ですとも!例え地の果てにいようとも、貴女が呼ばれれば…何をおいてでも馳せ参じます!!」
「…………それは頼もしいわ☆」
少しの間の後にそう返され…何故か違和感を感じたが、丁度砂時計の最後の一粒が落ちきった為に、俺の思考は中断された。
茶漉しをあてがい、美しい琥珀色に色づいた液体をカップに注ぐ。
「お待たせいたしました、どうぞ♪」
「ん………良い香りね。ありがとう」
注ぎ終えたポットを覗くと、まだ紅茶が少量残っていたので…俺もご相伴に預かる事にした。
温かい紅茶は、昂ぶった神経をリラックスさせる効果があり……先刻のウソップとの遣り取りを反芻するゆとりが生まれた。
………ちょっと、大人気なかったかな……
でも、ウソップだって悪い。
何だってあんなにも秘密にしやがるんだ………?
オマケに、悪巧みする時は決まってルフィやチョッパーも一枚噛んでいるのに…
今回はそうでは無い様で…食い物につられたルフィから、コッソリ情報を聞き出す作戦も封じられ…
ナミさんの力を持ってしても、目ぼしい情報は手に入らず………俺には全く打つ手が無かった。
そして……結論付けて思う事は、唯一つ。
……………俺って……信用ねぇのな…………
これでも一応『恋人同士vvv』なのに……等と考えながらも、つい、大きな溜息が出てしまい………
「何か、悩み事?」
「…へっ!?」
彼女の存在を忘れる程、物思いに耽ってしまった自分に驚き、そして慌てた。
「べっ…別に、何もないですよ?」
バレバレだとは分かっていても、それでも虚勢を張ってしまい…冷めてしまった紅茶を一気に飲み干した。
「良かったら……教えあげましょうかて?」
「………!」
『何を』と言われない辺り、流石はロビンちゃん…と思った。
「気になるんでしょ?……彼の『行動』の『理由』が」
………確かに気になる。
と言うか、気にならない訳が無い。
先刻だって、その事でケンカしてしまったのだし、もし…その『理由』を知っていたら、ウソップの手伝いが出来たかも知れなくて……
しかし、今の俺にはその『理由』よりも、もっと気になる事があった。
それは……何故、恋人である俺が知らない事を、彼女が知っているのか…と言う点だった。
まあ、早い話が…信用されていない…と言う現実を改めて見せ付けられた様な物で………そして、今ここでロビンちゃんから『答え』を貰ってしまえば……それは楽だろう。
しかし、それは『逃げ』を選択すると言う事で……実に俺らしくない選択だ。
「ロビンちゃん」
「なに?」
「…ご心配、ありがとうございます。俺……自分でちゃんとウソップに聞きます。……その方が絶対、俺らしいから……」
「………そうね、それが一番貴方らしいわ」
頑張ってね、と言い残し…キッチンを後にされた。
俺は新たな決心を胸に……しかし、とりあえずは目の前に迫ってきているタイムリミットに背中を押される様に、本日のおやつ準備の取り掛かった。
サンジの奴がいなくなると、ミカン畑には昼下がり独特の静けさが戻ってきた。
これで心置きなく作業の続きが出来る。
そう、その筈なのに……………何故だかやる気がごっそりと抜けてしまい……強く握りしめたままだった瓶を、そ…っと地面へと置くと、俺様はその場へ座り込んだ。
「サンジの…………アホ……………」
自然に唇から零れるのは、ここにはいない相手への愚痴。
勿論。
先刻の喧嘩……俺様の方が悪い事は、わかっている。
わかっているのだけど…………でも、あの態度は無いと思う。
先刻のサンジを思い出すと、ますますそういった思いが強くなる。
………大体、突然キスする辺りがズルイ。
俺様が…キッ…キスとか、その他の………そういった行為一連に弱い事を知っている癖に。……いや、だからこそなのだが…そういった、一種力技で押し切ろうとするサンジ。
あいつがこう言った手段に訴える事なんて、今までにも何度も何度もあったから…それを怒るのもかなり今更………なのだろう。
しかし、隠し事の内容が内容なだけに……サンジの嫌いな虫の話!!
……あの時は、素っ気無い態度で誤魔化す以外に、良い方法が思い浮かばず………
「でも………謝らなきゃ………な」
多分、すぐには無理だろう…とは思うが。
何故ならば…そんな素直さがあれば、そもそも喧嘩などしないだろうから…だ。
つくづく自分の性格に落ち込みながら、俺様は重い腰を上げた。
先程採取した新鮮なミカンの葉を、幼虫に持っていかなければならないからだ。
鞄へと瓶を仕舞い、ゆっくりと階段を降りる。
…………そして、ギョッとした
キッチン横の、丁度日陰になっている辺りに…二つの人影を発見。
それは、ゾロとルフィだった。
ほぼ日課となっている昼寝をしていたのだろう、ルフィはまだ夢の中の様だが…ゾロの方は起きていた。
「…………よう」
「お、おう…………」
こんな至近距離に誰かがいるとは思ってもみなかったし…そうなると、先刻の会話は確実にゾロに聞かれてしまっている訳であって………!
恥ずかしくって足早に立ち去ろうとする俺様に、ゾロがぽつりと言った。
「…………あれはお前が悪いな」
「!」
慌てて振り向くと、ゾロはニヤリと笑った。
「…………この間から、オメエが何隠してんのかは知らねェし…俺は全く興味も無ェが………あまり長引かせてくれるなよ?」
メシに影響すっからな。
とゾロが言うと、膝枕で眠っていたルフィが『メシ』の単語に反応して「………肉〜〜〜」と言いながら寝返りをうった。
「ア、アイツは……絶対手抜きなんかしねェよっ!!」
そう、サンジはいつだって料理に対しては真剣で…妥協だとか譲歩という単語が似合わないヤツだ。
だから……こんな事でっ………と言おうとした俺様を、ゾロが遮った。
「こんな事。…………なのか?お前も、アイツも」
ゾロの言わんとしている事に気付き、俺様はしどろもどろになりながらも、何とか声を絞り出す。
「…………………わかってるっ…わかってるけどよぉ…………」
「ま、難しいだろうな、お前たちの性格じゃ」
そう言って笑うゾロ。
わかっていて…あえて、そう助言してくれた事に気付いた。
「とにかく、頑張んな」
「……………努力する」
ニッと口の端を引き上げたゾロは、そう言うとまた眠りの体勢に入ってしまった。
ゾロの強さを、少しだけ分けてもらったような…そんな気分になった俺様は、少しだけ浮上した気持ちを抱え、当初の目的を果たす為に甲板へと向かった。
すると………
丁度、女部屋へと戻る所…と思われるロビンの後姿を発見した。
「ロビン!丁度良かった♪」
慌てて階段を駆け下りながら、鞄から先程採取してきたミカンの葉を瓶ごと取り出した。
実は…あれからの作業の結果、小さな幼虫が五匹見つかったのだ。
あの二人の目を掻い潜って…良くまあ無事だったなぁ〜と言うのが、俺様達の素直な感想だった。
「順調に成長しているわ。この調子なら…後数日で、サナギになるかも…ね」
「本当か?良かった〜♪」
で………と、声を潜めてロビンに確認をする。
「………ナミには、バレてねェよな?」
「ええ、大丈夫」
バレていたら…今頃大騒ぎよ♪と、ロビンは微笑む。
確かにその通りだから…俺様もつられて笑ってしまった。
「でも…怪しまれてるのは確かよ」
「………本当か?」
瓶を陽光に翳しながら…ロビンは言う。
「特に………コックさん辺りが……ね」
「!………そっか」
でも、まだ話せない………話す訳には行かない。
せめて…全ての幼虫が、サナギになるまでは。
サンジは幼虫の姿が苦手なのだから…サナギにさえなってしまえば問題は無い……筈だ。ルフィ達だって、サナギになっている物を魚の餌には……しないと思いたい。
希望的観測ばかりだが…とにかく後少しだと聞かされ、俺様の気持ちはまた少し浮上した。
「………やはりコックさんには、話しておいた方が良いんじゃないかしら?」
「アイツはいいって…人の話聞かねェし…それに話したら絶対「海に棄てろ!!」って言うに決まってる!」
俺様がそう言うと、ロビンは少し困ったような表情を浮かべ…しかし、特には何も言わず……ただ、受け取った瓶を高く掲げると、女部屋へと続くドアへと消えて行った。
それを見送った俺様は…キッチンへと視線を向け、小さく呟く。
「…………………………あと少し…だから」
それは、自分を無理やり納得させるだけの、強がり以外の何物でも無いのだけれど……でもそれが、今の俺様に出来る精一杯だから。
しばらくそのまま…キッチンを見上げていた俺様だが、もうすぐおやつの時間なのを思い出し…見張り台へと昇った。
先刻ケンカしたばかりなのに…顔を合わせるのもどうかと思ったからだ。
空は相変わらず晴れており、文句の付けようの無い好天気だったが…俺様の心の中には、灰色の雲が広がっていた。
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〜3〜