〜2〜

先日立ち寄った港で新しい本を手に入れた私は、ここ二日程女部屋に籠もりっきりだった。
食事とトイレ、入浴以外に時間を裂かれるのが勿体無くて…それ程、この本は興味深い内容だったのだ。
しかし、そのページも終局に向かい……今、丁度読み終えた所だった。

「…………本当にそんな物があるのなら…この目で見てみたいわね……………」

今閉じたばかりの本を見詰め、その内容を反芻する。
この『海』に入ってから、様々な経験をしてきた。
しかし、まだまだ誰も知らない『謎』がこの『海』には隠されている………
椅子の背にもたれ掛かり、大きく伸びをする。
思った以上に長かったこの本の内容を、これからもう一度詳しく調べ上げなければ…と思新しいノートを部屋の隅から能力を使って引き寄せた。
すると、昇降口の扉を誰かがノックする音がした。

「……どうぞ?」

航海士さんなら、ノックなどせずに入って来るから、男性クルーの誰かだろう。
しかし、剣士さんがわざわざ女部屋を訪れる事は滅多に無い事。
船長さんなら、ノックなどせず勢い良く飛び込んで来る筈だし。
コックさんはこの時間、まず間違いなく夕食準備に追われている時間で。
そうなると、船医さんかはたまた長鼻くんか………と考えている間にも扉がギギッ…と音を立てて持ち上がって行き……



「………ロビン、ちょっと良いか………?」



などと遠慮がちな台詞と共に、長鼻くんが姿を見せた。

「どうぞv…と言っても、私だけの部屋じゃないんだけどね☆」

私がそう言って微笑むと、緊張がほぐれたようで…長鼻くんは、ゆっくりと階段を降りてきた。

「あのさ…その、突然なんだけどさ…」
「ええ」

左手で何かを体の後ろに隠している様で、右手だけがソワソワと落ち着き無く動いている。

「……………ロビンって、虫は平気か?」
「虫?」

本当に突然の質問に…少々面食らうも、「平気よ?」と答える。
すると長鼻くんは「本当か!?良かった〜〜」と、心底安心したような笑顔を浮かべ…体の後ろに隠していた物体を取り出した。

「コイツを…預かって欲しいんだ。それも、ナミには絶対ナイショで…………」

それは、高さ15cm、直径10cm程のガラスで出来た口広瓶だった。
コルクで蓋をされたその中には…一本の枝と共に、一匹のサナギが入っていた。
形状は他の蝶に比べると多少小さいようだが、それ以外には特に変わった所は見られない。

「コイツさ、もう少しで成虫になりそうなんだ」

でも、ナミに見つかったら、絶対処分しろ〜っ!て、ウルサイからさ…でも、男部屋に置いておいたらルフィやチョッパーに見つかっちまうし…」

「灯台もと暗し……ていう作戦ね?」
「そう言う事!流石はロビン、話が早いぜ〜♪」

へへへっ、と鼻の下を擦りながら、長鼻くんは瓶の中のサナギを見つめる。

「別に、偽善者ぶるつもりは無ェんだけどさ…コイツ位、良いじゃねェか…って思ってさ………」

ナミの目を掠めるのに、結構苦労したんだぜ〜と、自慢げに語る長鼻くん。

「でも…こういった事は、私じゃなくて…コックさんの方が良いんじゃないかしら?」

コックさんの事を持ち出すと、途端に慌てる長鼻くん。
彼らの関係など、仲間になってすぐに気付いて…しかし本人は、隠し通しているつもりらしい。
そんな所が面白くて…つい、意地悪な事を言ってしまう。

「!〜〜〜アイツは駄目!筋金入りの虫嫌いんなんだぜ!?」

アイツに見つかったら、即、魚の餌にされるか海の彼方へ瓶ごと蹴り飛ばされるか、それとソテーなんぞにされて、俺様の皿に盛られるか…………等と、想像力豊かな長鼻くんは、勝手な想像を羅列する。

「…分かったわ。私で良ければ強力するわ」
「本当か!?ありがとうっ、ロビン!」

大袈裟なアクション付きで感激されるのも、この船に乗ってから経験する事で…今はもう慣れたけど…自
然に笑みが零れた。

私は受け取った瓶の中を再度覗きながら、先刻から疑問に思っていた事を質問した。

「…ねェ?コレ、一体何のサナギなのかしら…」
「俺様も、見たこと無ェんだけど…幼虫の時は、アゲハの種類に似ていたんだ」

そう言いながら、長鼻くんは愛用の鞄から小さなスケッチブックを取り出した。
どうやら、観察日記を付けていた様で…サナギになる前の姿が丁寧に描かれていた。


「………………!!」

その絵を見た私の脳裏に、先刻読み終えたばかりの本が浮かんだ。
瓶をテーブルの隅に置くと、本の表紙をめくっていく。
私の突然の行動に、長鼻くんが面食らっているのは分かっているが、今は自分の憶測と本の内容とを照らし合わせる事が、何よりの優先事項だった。
しばらくページを繰っていたが、ようやく目的の記述を見つけた私は、長鼻君にも見やすいように広げた。

「……ここを読んでみて」
「………?」

何が何だか解らない…と言った表情の長鼻くんだったが、文を読み進めるうちに表情に変化が現れた。

「………てnロビン…これって…………」
「ええ…私も信じ難いけど…………」

しかし、このサナギが樹に産み落とされたのは、どう考えても先日寄港した島だろう。
寄港したのが夜だった事を考慮しても…このサナギが育つまでの間には、六日強の時間がある。
そして、同じ島で手に入れたこの本。
ここに書かれている内容が正しい物ならば……このサナギは大変貴重な物なのだ。

「……もう、幼虫はいないのかしら?」
「めぼしいのは、ルフィ達が魚の餌に使っちまってよ……でもよ、探せばまだ卵のヤツとか見つかるかも
知れ無ェ!!」

俺様、もっと探してみるっ!と、長鼻くんは慌てて立ち上がった。

「見つかったら、私の所に持って来て!絶対航海士さんには見つからないようにするから」
「わかった!頼むぜ!!」

ばたばたと部屋を出て行く彼の後姿を見送った私は、改めて瓶の中のサナギに魅入った。
この中に…もう本の中にしか存在しないと思っていた、あの蝶が………?と考えると、偉大な遺跡を発見した時の様に胸が高鳴った。

「………確か、サナギには一定の湿り気が必要なのよね………?」

虫に関しての知識が乏しい私は、瓶にハンカチを掛けて隠すと…それに関する知識を得る為に、改めて本へと向き直った。








…おかしい。
何かが、違う。
幼虫騒動のあったあの日から、ウソップの様子が変だ。
何処がどう変かと言うと…何もかもが変なのだ。
例えば、食事中。
普段であれば、ルフィやチョッパーと一緒に、騒がしく喰うのが常なのに…ここ数日のウソップと来たらソワソワと落ち着きが無く…
そして…日中、ウソップ工場に座り込まなくなったのだ。
では、代わりに何をしているのかと言うと…日がな一日中、ミカン畑にいる…と言うのが、ナミさんからの情報だった。
確かにナミさんから幼虫駆除を頼まれていたから、最初の一、二日位は何とも思わなかった。
しかし……今日で丸と五日。ウソップはミカン畑に通い続けているのだ。
ルフィの話じゃ、幼虫は全部駆除出来たらしく…釣果も普段どおりに落ちてしまった。
もう何もミカン畑に通う理由が無いのに、一体何がウソップを惹き付けるのだろう……?
その事を、本人に問いただそうとしても…「忙しいから、後で聞くなっ!」とか何とか言って、得意の逃げ足を披露されてしまい…現状に至るのだ。
そして…どうやらこの裏にロビンちゃんが一枚噛んでいる様なのだが…「ガードが固くて無理なのよ…」とナミさんがおっしゃっておられるので、俺なんぞには到底聞き出す事は無理だろう。
………となると、やはりもう一度本人に聞くより方法が無く…
おやつの用意を終えた俺は、ミカン畑へと向かった。
ミカンの樹々に見え隠れする後ろ姿を、昇降用の階段脇からそっと窺う。
片手に園芸用の鋏。
もう片方には、口広の瓶を持ち、ミカンの樹周辺をウロウロするその姿は……本当、何やってんだか……と言うのが、第一印象だった。
しかし、その横顔は真剣そのもので…水を差すのが躊躇われる程だった。
しかし、それ以上に謎の行動の真意を知りたくて…俺は意を決すると、声を掛けた。


「おい、」ウソップ
「!!!!!?」


俺としては、そんなつもりは微塵も無かったのだが…結果として、ウソップは飛び上がる程驚いた様だ。
持っていた瓶を取り落としそうになり…慌てて抱き止め、事なきを得た。

「なっなっなっ…何か用か!?」

瓶をあたふたと抱きかかえながら、そう聞いて来るウソップは…体、全体で『俺様、隠し事してま〜すv』と言うオーラを、コレでもかと言わんばかりに放っていた。
俺はウソップの腕を掴むと、強引にミカン畑の端へと座らせ…その隣へと腰を下ろす。

「てめぇ……この間から、何隠してるんだ?」
「へっ!?……………べっ別に何も?」

一瞬遅れた返事が何よりの証拠…と思うのだが、ウソップは必死に隠し通そうとする。
視線を送ると、不自然に逸らしてしまう横顔には…大して暑くもないのに、汗がダラダラと流れていた。

「…………さてはまた、アイツ達と摘まみ喰いでもしたか」

憶測でそう俺が言うと、小さな風が起こる勢いで、首を横に振るウソップ。
やはりこの線はナシか…と思いながらも、俺は更なる尋問に掛かる。

「………じゃあ、何隠してんだ?」
「だからっ!何も隠してねぇ…って、言ってんだろ?」

そう強く否定する行為自体が、逆に疑わしさを倍増させている事に…まったく以て気付かない辺りが、コイツらいいよな…vvとは思うのだが、それとこれとは別問題である。
俺はウソップの肩に腕を回し、更に詰め寄る。

「アヤシイなぁ〜……本当に何も隠してねぇっ……て胸張って言えるか?」
「………それは…」

しかしウソップは、手の中の瓶の向きを変えたり、転がしたり…と『困った』を全身で表現しつつ…小さく呟いたっきり、何も語ろうとはしない。
意地っ張りなら俺だって負けネエェ…!と思っていたが、こうも頑なにされると、ますます追求したくなってしまうのが人の性って物で……

「ウ・ソ・ッ・プ・〜〜〜〜?」
「ちょっ………止めろってば………」

耳元でゆっくりと名前を呼びつつ、顔を至近距離に近づけていくと……ウソップの香りが鼻先をくすぐった。
その香りに、そう言えばここ三日ばかり…満足にキスもしていない事を思い出した。
ウソップの頬は、多分緊張から来る物だとは思うのだが…ほんのり紅く色づいており…こんな体勢で、そんな顔をされては、そんな気は毛頭無かった…とは、100%言い切れ無い所が悲しいが…………
唐突に、キスしたくなってしまった。
肩に回していた手を頬へと移動させ………ウソップが逃げる間も与えずに、強引にキス。



「…………!」



細い腕が形ばかりの抵抗を見せたが…そんな事はお構い無しに、より深く唇を重ねる。
そうこうするうちに、次第に体から力は抜け……キスに酔ってしまったのか、ウソップはすっかり俺の腕に体を預け……唇が離れてもしばし呆然としていた。



「…………ウソップ」
「………っ」



耳元でそう話しかけると、ビクリと過剰反応するウソップに…このままコトへと運びたくなるのをグッと我慢し、俺は言葉を続ける。



「な……俺にくらい話せよ」
「……………………」



上気した眼元に困惑と迷いの色を浮かべながら…それでもウソップは顔を逸らし、何も話そうとはしない。



「……俺にも………………話せねェのかよ」
「…………!!」



途端に顔を上げ、俺を見るウソップ。
しかしそれも束の間の事で…すぐに視線を背けてしまい「…って………だってよぉ…」と、小さく呟く声だけが聞こえて来る。
そんな頑固な態度に、いい加減イラついていた俺は……………つい、強い口調で言い放ってしまった。



「…………分かった……もう何も聞かねェっ!!」
「!……サンジ!?」



肩から手を離し立ち上がると、ウソップが慌てて俺を見上げる。
すがるようなその視線に、思わずクラリとしてしまったが、何とか踏みとどまり…階下へと歩き出す。

「サンジ……おいっ!サンジってば………っ」

背中へと向けられた切なげなウソップの声を、しかし今は無視して歩く。
そろそろおやつを作らないといけない。…と言うのは建前で…本音は、ウソップに信用されていない…と言う、悲しい現実に向き合う事が出来なくなったからだ。
黙って歩を進める俺の背中に、遂にウソップも声を掛けるのを諦めた様で…しかし、痛い程の視線を感じながらも……俺は、まっすぐにキッチンへと戻った。






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