やわらかな心地よい日差しが、海の上を奔るゴーイング・メリー号を包んでいた。
風は追い風、波も穏やか。
まったく以って申し分の無い、航海日和だった。
一昨日立ち寄った島が、丁度春真っ盛りの『春島』だった事も手伝ってか、暖かな陽気がココの所続いていた。
そこは、のんびりとした良い港町だった。
ログは半日もあれば溜まる…と教えられたが、あまりの居心地の良さに、つい二日も寄港してしまった位だ。
その間、俺様は思う様船を修理したり、ジャンクショップを覗いたり、サンジの食料買出しを手伝ったりと、結構忙しく過ごした。
なので本日は休業日〜と、決め込んだ俺様は…勿論ナミの許可を得て…パラソルと寝椅子を借り受けると、前甲板での昼寝へと洒落込んだ。
傍らのテーブルには氷の浮かんだジュースのグラスも置き…なかなかに満足の行く一時を満喫していた。
時折…グラスの中の氷が、カララン…と涼しげな音を立てる以外、音らしい音もせず…
俺様の目蓋は自然、重たくなっていった。
「キャァァァァァァァ〜〜!」
……突然、後方でナミの悲鳴が上がった。
すわ敵襲か!?と起き上がった俺様は、それまでの眠気など何処吹く風!
とばかりに起き上がると、素早く周囲の海を見回す。
しかし、敵船らしき船影はまったく見当たらず……
もしや、凄腕の賞金稼ぎでも密航していたか!?と、慌てて声のした方を見る。
声は、キッチン上部のミカン畑から聞こえていた。
見張り台からは、ルフィが「何だ何だ!?」と言った顔で覗き込んでいる。
階下には声が届かなかったのか、男部屋にいる筈のゾロは出て来ていなかった。
そして、同じ理由でロビンもいなかった。
後部甲板で釣りをしていたチョッパーも、何事だ?と言った表情で、ミカン畑へと駆け寄っていき…そして、最も近い場所…キッチンにいたサンジはと言うと、一度は顔を出したものの…片手には炎を上げるフライパン、もう片方には炎の原因と思われる、フランベ用のブランデー瓶を持っていた為、慌ててキッチンに引っ込む姿が見て取れた。
「……何があったんだ?一体……」
ナミの悲鳴からは、かなりの緊迫感が感じられた。
なのに、その光景からは何の危機感も感じられず…しかし、遠目にもチョッパーが慌てている様子が目に入って来たので、やはり何かあったらしい。
俺様は急いでミカン畑へと向かう。
ルフィも伸びる腕を駆使して、俺様と同じタイミングで甲板へと降りてきた。
二人揃って階段を駆け上がり、現場へと到着したが…ミカン畑には悲鳴の原因と思われるべき要素が、俺様の見た限り何一つ見当たらなかった。
「ナミ!どうした?何があったんだ!?」
フルィがそう問いかけるが、ナミは何の返事もせず…
ただ、震えの残る指先でミカンの樹を指差しながら、じり…じり…と後ろへ下がって行き…ルフィの背中へと隠れてしまった。
「「「 ? 」」」
俺様、ルフィ、チョッパーの三人は、ナミの指先の示す樹を見たが…其処には何も無い…様に見えた。
「樹…がどうかしたのか?」
「誰もいねェぞ?」
「オ、オバケでもいたのか!?」
そう言うチョッパーに、俺様はつい、突っ込みを入れてしまう。
「いや、昼間っからオバケは出ないぞチョッパー」
「そ、そうなのか?」
ん〜大体だなぁ…オバケは、夜出るものであってだな…
「どうした!何があったんだ?ナミさんは無事なのか!?」
俺様の声を遮って…エプロンを着けたままのサンジが、ようやくやって来た。
「それがよ…俺様にもサッパリ解らねェんだけど………」
ナミが指差した辺りを、サンジに教えながらそう言った次の瞬間。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」
と、サンジまでもが悲鳴を上げながら飛び上がり…事もあろうか、俺様の背中へと張り付いた。
「こっ、こら!何なんだよっ!!」
離れろ〜!と言いかけたが。サンジのあまりの狼狽振りにこっっちが驚いていると…サンジは物凄い勢いで、ナミに問いかけた。
「〜〜〜ナミさんっ!コレって………!」
「そうよっ!早く…早く………ソイツ達を何とかしてェ〜〜〜!!」
ギャ〜ギャ〜喚く二人を背負った俺様達は、ミカンの樹を先程よりも注意深く観察してみた。
樹は、今は実を結んでおらず…青々とした葉を繁らせている。
小さな蕾がちらほらと見え隠れしており、気の早い枝にはもう開いている花も見られる。
もう少しすれば、小さな白い花は満開になり…船の上に瑞々しい香りを提供してくれるだろう。
しかし、それ以外に特に注目すべき点も見られず…一体コイツ達は何にそんなに怯えているんだ?と思いながら…俺様が目の前の枝をひょい、と持ち上げた瞬間…
「…………………!」
俺様の目が、葉の間に蠢く小さな影を捉えた。
ソレは非常に緩慢な動作で葉の表側に移動してきたかと思うと、小さな咀嚼音を響かせ始めた。
「……なんだ、幼虫じゃねェか」
「おお〜〜っ!本当だ〜!何の幼虫だ?コリャ」
「…………コレ、アゲハの仲間かな?」
チョッパーも俺様達の隙間から覗き込みながら、蝶の種類を言い当てる。
独特の横縞文様、そして柑橘系の樹にいる事からもアゲハの仲間と思われた。
しかし、アゲハなら主に黄緑色と黄色、そして黒系の混じった文様の筈。
なのにこの幼虫は、一味違った配色をしていた。
大きさは他の物よりも一回り小さく…色は深緑とブルー、それに白に近い黄色…と言う何とも渋めの配色だった。
「グランドラインのアゲハともなると、一風変わった色なんだな〜」
「でもコイツ、面白い顔してるな〜♪」
ルフィが、丁度目の高さ辺りにも一匹発見した様で、しげしげと覗き込みそんな感想を述べる。
「幼虫にもハンサムっているのか……?」
「いやソレ何か違うだろ……」
それを聞いたチョッパーが、的外れな質問をしてきたので思わずツっ込む俺様。
幼虫を見ながら暢気な会話を交わしていると、背後の二人が喚き出した。
「ちょっとっ!何和んでんのよっ!!早くっ、早くソイツ達退治しちゃってよっ!!!」
樹が傷んじゃうじゃない!とナミが叫べば…
「そ、そうだ!そんなおぞましい生き物、早く処分するに限るっ!!」
…と、俺様の後ろでサンジも叫ぶ。
そう言えばこの二人…虫が嫌いだったけ……
ナミならば兎も角、『オトコノコ』であるサンジが虫嫌いとは…サウスバードを探してジャヤの森に入った時の事を思い出してしまい…思わず笑みが零れた。
「ったく、仕方ねェ連中だな…こんなにカワイイのに…」
「そうだぞ?結構カッコイイじゃねか♪」
そう言ったルフィが、ヒョイ、と一匹摘み上げた途端…背後霊と化していた二人は声にならない悲鳴と『ズザザザザザッッッ』という効果音を残したまま、一メートルは後退さった。
「ルッ、ルフィ〜ッ!お願いだからっ…そ…そんな物早く棄てて〜〜っ!!」
「ゴラァッ!ナミさんに、何て物近づけるんだ〜ッ!!」
お前も怖いんだろーが。と思ったが、あえてツッ込むのは止めた。
確かに、ミカンの樹にとったら、害虫以外の何物でも無く…その持ち主であるナミにしてみれば、全く以て有難みの無い話で…………でも、其処まで嫌わなくとも、と思う。
コイツ達だって一つの命だし、こうやって一生懸命生きている訳であって……まあ、そんな事を一々考えていたら、毎日の食事だって出来やしないのだけど………
……………でも………
理屈と本音が俺様の中で渦巻いて、何だかイライラしてきた。
しかし、そんな俺様には誰も気付かず、相も変わらずギャーギャーと騒がしい応酬が続いていた。
「そうだわチョッパー!ソイツ等餌にしたら、大物が掛かるわよっ!」
「ほ、本当?」
「そうだっ!きっと大物が掛かるぞ!流石はナミさんvv素晴らしいアイディアです!!」
オイオイオイオイ…その幼虫を喰った魚を、食えるのかお前ら。
「ルフィ!ソイツ等がいると、ミカンが生らなくなっちゃうのよ?それでも良いの!?」
「そうだぞっ!ミカンが喰えなくなっても良いのか?」
「何ィ!?それは困るぞ!!」
そのミカンを、ナミが今までに分けてくれた事があったか?等と考えない辺りがルフィだよな…と思い、有る意味感心していると…ナミが嫌〜な笑顔で俺様の肩をポン、と叩き、こうのたまった。
「じゃ、ウソップ宜しくネ☆」
「ん…………って、何で俺様なんだよっ」
ビシッ!とツッ込む俺様を無視して、ナミは言葉を続ける。
「だって、こういった作業は、あんたにしか頼めないのよ。私もサンジ君も駄目、ゾロやルフィが樹を傷めない保障は無し…まあ、助手にチョッパー付ければ良いじゃない♪」
じゃあ、後は任せるわね♪と、無責任極まりない言葉を残し、ナミとサンジは逃げるように去って行った。
仕方が無ぇなあ…と思いルフィ達を見遣れば、何処から調達してきたのだろうか…小さな蓋付きの容器に幼虫を捕まえている所だった。
「大物、釣るぞぉぉぉぉ!!」
「おうっ!ミカンの為だっ!!そして大物の為だ〜〜〜〜!!!」
食い意地の張っている二人にとって、最早魚の餌にしか見えない幼虫は、次々と捕獲されていく。しかし、樹に関する知識が乏しい二人は、乱暴な手付きで枝を引っ張ったりしており……!
「コ、コラッ!樹が傷むだろ!?」
もしも枝の一本でも折ろう物なら、ナミの怒りを買う事間違い無く……
俺様は溜息を一つつくと、仕方なく二人を手伝う事にした。
NEXT
Only Flower 〜1〜