★祝福のベル★






祝福の鐘の音は突然、ガランゴロンと無節操に響き渡った。

「おめでとうございます」

弾けるクラッカー、降りかかる花びら。

「あなた方こそ当遊園地、開園以来、記念すべき四万組目のカップルで」

支配人らしき男の語尾はしかし、徐々に下がって。

「す?」

疑問に終わった。
入場の列に並ぶ二人は、方や金髪の優男、方や黒髪の―。

「えええと、す、すみません、」

振り返った人物は、確かにウエーブのかかった艶やかな黒髪の人物ではあったのだが、どこをどう転んでも彼女とは言い難い体型と人相の持ち主である。

「どうも。いやはや、こちらの手違いで」

慌てる支配人に、ウソップは首を傾げた。長い鼻先にひっかかっていた花びらがひらひらと舞い落ちる。

「てっきりその、あの、」
「カップルよ」

入場口の向こうから、声が上がった。

「カップルが男女じゃなきゃいけないって決まり、どこかに書いてある?」

支配人に詰め寄る彼女は、紛れもなく彼らの船の航海士だ。
遊園地の入場口の垂れ幕には、こう記されていた。四万組目のカップルは入場無料、一日フリーパス、記念品をプレゼント。

「あんた達からも言ってやりなさいよ。いつでも一緒どこでも一緒ひとつ屋根の下に住んでます紛れもなく正真正銘似たもの夫婦ラブッラブのバカップルだ!って」

ウソップは丸い目を瞬いた。ナミの放った言葉の羅列はいまいち頭に浸透しないが、理解できたのは最初に飛び込んできた、思いもよらない衝撃の音声で。

「ちょっと待ておい。ん何でおれとサンジが、か、カップルぅ!?」

ウソップは青ざめ、隣に立つ困惑気味のサンジと顔を見合わせた。



悪い偶然が重なった。
二日でログが溜まるという島の名物は、島特有の巨大植物を利用した遊園地らしい。
長い航海に暇を持て余していた船長が、それを聞き逃すはずがなかった。
子どもと老人も大はしゃぎだ。

「ナミ、アイス。アイス何段までなら食っていいんだ」

飛び跳ねる船医をウソップがなだめる。

「いいかチョッパー。これから行くのは秋島だ。ちゃんと考えて食わねえと腹冷やしちまうぞ、あー、どっかの、ゾロみてぇに」
「俺かよ!?」
「そうかっ、だからゾロって腹巻なのか」
「って、おい」
「ヨホホ。私、観覧車に乗ると魂まで昇って行くような不思議な懐かしさを─」
「ああそこ、洒落になんねえからっ」

華麗なターンで会話を捌くウソップだが、今一いつものキレが無い。
海上では長雨にたたられた。退屈しきっていた彼らもそうだが、サンジを筆頭にナミ、フランキー、ウソップから成る麦わらの一味生活班の面々は相当な苦労を強いられた。
船の見回り、乾かない洗濯物、忍び寄るカビ。

「ほら、浮かない顔してないで」

ナミがウソップの背をぽんと叩く。

「あんたも一緒に行ってきたら」
「お、おう」

下船する船長たちを甲板から見送っていたウソップは、気遣わしげに船の二階を仰ぎ見た。
予想以上に、保存食がやられていたのだと言う。コックは、魚の餌にでもするさと、力なく笑っていた。

「おれ、留守番でいいや。洗濯でもしてようかな」

呟くウソップに、ナミが肩をすくめる。

「サンジくん」

一声かければ、蹴破る勢いでラウンジのドアが開いた。

「お呼びですか、ナミっさん」
「私たち、これから遊園地行くんだけど、お弁当と飲み物、後から持って来てくれる。荷物持ちは一人、置いていくから」
「っな、ちょっと待てナミ」

突然荷物持ち認定を受けたウソップが、抗議の声を上げる。
確かに、今のサンジには手伝いが必要で、先を行くクルー達には御目付役が必要だった。

「それならゾロが」
「じゃ、あんた一人で船番するの」
「う」
「そういうこと。ヨロシクね」
「って、待てってナミ、そんないきなり」

悪い偶然その一、こうして二人きり、仲間とは遅れた時間に行動することになったのがまずはいけなかった。



ウソップとナミはよく、身につける物を共有する。

「あんたって、土台がそうだからああだけど、結構いいセンスしてるわよね」

というのが、ウソップのファッションセンスに対するナミの評価だ。

「そうで、ああって、どういう意味だっ」

何しろ、ある程度のアクセサリー、小物の類ならウソップは手作りしてしまう。

「お気に入りだったのよ」

戦闘で壊れたネックレスの残骸から、イヤリングを作ったり。

「うそ、あんたがやったの」

安物の帽子やベルト、髪留めのゴムに程よく飾りを足してみたり。

「ねえ、これちょうだい。いいでしょ」

作る事自体が楽しいらしく、ウソップは気前良く了承し、ナミは好き勝手ウソップの物を使うかわりに、ウソップにも自分の持物を貸すようになった。
さすがに洋服は無理だが、帽子やブレスレット、スカーフなどは十分使いまわしできる。
そのうち、顔が個性的なウソップには派手過ぎるものも案外似合うことが判明し、ナミ、時にはロビンまでもが面白がってウソップのコーディネートをし始めた。
悪い偶然その二、上陸時、ウソップはちょうどこの着せ替えごっこの餌食となった後だった。
首には色鮮やかなスカーフを、一週間洗濯できなかったバンダナは箸でつままれ洗濯カゴへ、お気に入りのリストバンドすら取り払われ、カバーオールも許されず、七分丈紺色のパンツとシャツという微妙な出で立ちに仕上がっていた彼は、肩幅の広いサンジと並べば、かろうじて、どことなく、後ろ姿を遠目に見れば、女性に見えてしまわなくもない。
更に悪条件が重なった。
悪い偶然その三、沼地の多い島特有の気候から、薄ぼんやりと霧が立ち込めていた。
悪い偶然その四、遊園地の係員は少々近眼であった。
悪い偶然その五、遊園地はキャンペーン期間のため入場口に列ができるほどの混雑だった。
悪い偶然その六、今や九人に増えた麦わらの一味の昼食は半端な量ではなく、混雑の中で大荷物を守る二人は寄り添うように立たざるを得ず、そして、悪い偶然トドメのその七、そんなこんなでカップルとして間違われてしまったその現場を、ナミに見られた。



「ひどい、ひどいわっ」

支配人の前で、ナミは大げさに泣き崩れる。

「こんな大勢の前で、顔を見た途端間違いでしたなんて、あんまりよっ。確かにアイツの鼻は長いけどっ」
「ぅおいっ」
「あんたの言葉で、どれだけ二人が傷ついたと思うの」

ここで一瞬、ナミの鋭い視線がウソップとサンジを貫いた。あれだけ涙声を出しておいて、彼女の瞳に光っているのは涙ではなくベリーマークだ。怯えた二人は条件反射のように「そうだそうだ」とぎこちなく激しく頷き合った。

「それでもあなたは、間違いだったと言うの」

このナミの説得で、どよめいていた客たちも同情の視線を二人に向けるようになった。
決してナミの言葉を信じた訳ではなく、そこまでして、一万ベリーにも満たないチケットと賞品が欲しいのかと、貧乏な一味を憐れんだというのが正しい反応だろう。

「わかり、ました」

しかし、支配人は声を詰まらせ、頭を下げた。

「申し訳ございませんでした。私、とんでもない過ちを。あなた方を四万組目のカップルとしてお迎えします。さあ、どうぞどうぞこちらへ」

悪い偶然ラスボスその八、そんなことで経営がやっていけるのかどうかはさておき、この支配人、大変にして人を疑わない清い心の持ち主だったらしい。

「え、ええ。分かってもらえたらそれでいいの」

ナミもたじろぐ騙されっぷりで、彼は恐縮しまくるウソップとサンジをにこやかに園内へと招き入れた。



すぐに記念品が渡された。空色のTシャツである。

「ゼロが、3つ?」

その場で自前の上着を脱ぎ、Tシャツに着替えたサンジを見たウソップが訝しげに言った。
もう一着、ウソップ用のそれには「400」のロゴがプリントされている。

「でもこれ、合わせたら四十万になっちまうんじゃ」

などというウソップの疑問はすぐに解けた。思い切り二人がくっつけば、ロゴはちょうど合わさって四万になるというデザインらしい。
スタッフが気の毒そうに説明した。

「これがフリーパスの代わりになりますので、乗り物に乗る前は必ず、仲良く並んで提示してください」

正にカップル仕様の賞品だ。
固まるウソップを残して、スタッフはそそくさと立ち去った。

「な、ナミ、」

ウソップが情けない声を上げる。

「頼む、おれ無理、バトンタッチ」
「何言ってるの。メンバーチェンジなんてしたら、詐欺じゃない」

もう既に詐欺ではないかと思ったウソップだったが、「アイス三段までOK」と遠くのチョッパーにサインを出すナミに、それ以上何も言い返せなかった。浮いた二人分のチケット代が今、仲間の幸せのため有効活用されている。
項垂れてウソップは、恐る恐る、隣に立つサンジの様子を窺った。

「悪ぃな、サンジ」

おれなんかとペアで、と言いかけた口が、脛への蹴りで「ぎゃあ」と喚く。
蹴りの力加減から言って、サンジはウソップが心配するほど、機嫌を損ねてはいないようだった。

「せっかくナミさんが勝ち取ってくださったスペッシャル休暇だ。しっかりモト取らねえともったいねえ」
「お、おう」

そういう解釈で来たか、とウソップは理解した。

「で、オマエの方はどうなんだよ」
「へ」

突然自分のことを聞かれ、ウソップはぽかんと口を開ける。

「遊んで行く気あんのか、このまま、逃げ帰るか」

ウソップは、何と答えたものかしばし考え込んだ。

「おら、腹あ括れウソップ。ウソはオマエの十八番だろ」
「うううるせえ。人の気も知らねぇで」

園内では、いかにも楽しそうなアトラクションがくるくると回っていた。
カップル云々は腑に落ちないが、もともとウソップは遊園地に興味津津なのだ。

「よーっし」

大げさに腕まくりをする仕草を見せて、ウソップは鼻息を荒くした。

「こうなりゃ自棄だ、片っぱしから乗りまくって、遊園地制覇してやる」

運んできた荷物は、通りすがりのフランキーに手渡した。遊園地に散った仲間達に渡してくれると言う。

「ついて来られるかなサンジくん」
「クソ上等」

身軽になった二人は、仲良く並ぶ、というよりスクラムを組むような格好で、目の前の乗り物の列に突進して行った。



全てが木造、植物を利用したつくりになっていて、見ているだけでも飽きない。

「こういうのはシメに乗るもんじゃねえのかよ」

園の中央にそびえる巨大観覧車を見上げ、サンジが文句を言った。

「ばっか。上空から偵察するにはもってこいだろ。まずは状況把握。そこから次に行く場所を決めるべきだ」

すっかり気合いの入ったウソップを、サンジは呆れたように見下ろす。
無数のゴンドラが大木を軸に回転していた。生い茂った葉が風を受けて揺れている。

「え、えーっと、おれたち」

チケットを切るスタッフの前でしどろもどろになっているウソップを、サンジが強引に抱き寄せた。

「ふげっ」

驚き固まるウソップを余所に、サンジは四万の文字を見せつけて「OK?」と問う。
スタッフが慌てて道を開けてくれた。

「お、おま、急に何すんだよ。言えよ、前もって」
「よ、っと」

真っ赤になって喚くウソップを無視して、サンジはゴンドラに乗り込む。

「そういうキマリだったろ。何怒ってんだよ」
「怒ってんじゃねぇよ。その、ビックリするし、く、くすぐってぇし」

サンジの向かいに座り、ウソップはまだぶつぶつ言っている。
小さく溜息を吐いて、サンジは窓の外に目を向けた。

「結構、広いな」

二人の乗ったゴンドラは徐々に高度を上げていく。

「おおっ」

すると、先刻のことなどもう忘れたようにウソップが身を乗り出した。

「うわ、なんだあれ、なんのレールだ。向こうの滑り台、どんだけ長ぇんだよ。見たかサンジ、でっかいハスの花の上に人が乗ってる。次、あれ行こうぜ。船もあるっ。メリーゴーランドが虫の形だ」

突然辺りが明るくなったのは、光を遮る枝の無い頂上まで来たためだろう。

「この木、何年経ちゃこんなになるんだろうな。すげーなあ」

興奮したウソップは、「すごい、すごい」を連発している。
煙草を銜えたまま火もつけず、サンジは眩しそうに目を細めた。

「よし次」

余韻を味わう暇もなく、観覧車を降りたウソップはもう走り出している。

「早くしろってサンジ。なにのんびり歩いてんだ。年寄りくせぇな」
「何を」
「あ」

ウソップは立ち止ると、伸びをして大きく手を振った。

「ルッフィー」

目指す先に、見覚えのある麦わらがちらついている。

「ウソップっ」

どうやらルフィも、同じアトラクションに目を付けたようだった。ルフィの足元には、遠慮がちにチョッパーがくっついている。

「あのハナ、ぐるぐる回るんだぜ」

ルフィが目を輝かせて、池の上の巨大ハスを指差した。

「一緒に乗ろう」

手に手を取り合う勢いのウソップとルフィに、ゆったりと歩いて来たサンジが呟く。

「二人乗り、じゃねぇのか、これ」
「二人乗り!?」

声を揃えて叫んだ二人は、すぐさまチョッパー、サンジの腕を引いて宣言した。

「いいかウソップ、」
「おう。どっちが多く回すか」
「競争だっ」

このアトラクション、花の中央のめしべがハンドルになっていて、それを回せば花全体が回転する仕組みになっているらしい。

「チョッパー、デカくなれ」
「え、あ、うん」
「サンジ、見てねぇで、まーわーせーっ」
「ったく、知らねぇぞ」

異常なまでの回転を見せた二つの花は、数分後、ぐにゃぐにゃに目を回したトナカイと長っ鼻を吐き出した。

「だらしねーなあ、オマエ等」

ルフィはさっぱりとした表情で、既に反応の無いチョッパーを抱えて笑っている。
同じくサンジも、けろっとした様子でウソップに肩を貸していた。

「おい、大丈夫かウソップ」

さすが、普段からグルグルとよく回る技を繰り出している二人だ。

「なあサンジ。飯は」
「なんだオマエ、まだフランキーに会ってねぇのか」
「フランキーだな。よっし。どうする、ウソップも行くか」

サンジは青い顔で舌を出しているウソップをチラリと見てから、首を横に振った。

「そか、じゃあな」

言うが早いか食欲魔人が無邪気に駆けて行く。
その背中を見送って、サンジは未だまともに歩けないウソップを近くのオープンカフェに引き摺って行った。



「うげー。世界が回るー」

やっと復活してきたらしいウソップが、サンジの顔を見るや再び目を伏せた。

「うげー。目が回るー」
「眉毛か、おれの眉毛に喧嘩売ってんのかコラ」
「あの」

遠慮がちな女性の声に、豹変したサンジが振り返った。

「なにか、ご用ですか。お譲さん」
「お、お取り込み中失礼します。こちら、スペシャルサービスのドリンクですが」

どうやらここでも、四万の特典を受けられるらしい。

「ありがとう」
「ごゆっくりどうぞ」

ウエイトレスは慌ただしく店の中に帰って行った。
テーブルの中央に置かれたグラスに、ウソップの顔色がますます悪くなる。

「へえ、こりゃ得したなウソップ」

大きなグラスは、トロピカルな色合いの炭酸飲料で満たされていた。喉の渇いたウソップには願っても無いサービスだったのだが、素直に喜べないのはグラスがひとつしか無いからだ。
グラスにはストローが一本突き刺さっていた。難解なハート型を経て、飲み口が二つに分かれている。凄まじくラブラブだ。

「お、見た目よりいけるぜ」

早速、口をつけたサンジが「どうぞ」と上目遣いにウソップを見た。

「ぎゃー」

このストロー、正しく使用した場合、とんでもない事になる。とんでもなく恥ずかしいことになる。
しかも、鼻が確実に当たる。

「なんだよ、飲まねえの」

勧めてくれるならば全面的に譲っていただきたいとウソップは天を仰いだ。いや、せめてあと、十センチなりとも下がっていただきたい。
ウソップがおろおろと辺りを見渡すと、幸い、クルーらしき人影は無く、店にいる客たちもそれぞれ自分たちのことで忙しい様子だった。
飲めと言われれば飲めなくもないのだが、踏ん切りがつかない。
困り果てたウソップに気付いたサンジが、顔を上げた。
すかさずグラスとストローを手元に引き寄せ奪い取り、ウソップは喉を潤す。

「はー。美味いっ。蘇るー」
「どっかの骨じゃあるめぇし」

サンジは、そんなウソップに苦笑してポケットの煙草に手を伸ばした。

「そんなに美味いなら、飲んじまえ」
「いいのか」

今日のサンジは気前がいい。

「全部?ホントに?」

ウソップは嬉しくなって、遠慮なくドリンクをひとり占めした。
いつもなら真っ先に、ナミだロビンだと跳ねまわっているサンジだが、優先順位の三番目くらいにはウソップやチョッパーの御子様組にも優しかったりするのだ。

「オマエ、さ」
「ん」

すっかり油断していたウソップは、不意に伸びて来たサンジの手の、次の動きを予測し損ねた。

「邪魔そうだな、前髪」

長い指がふわりと、ウソップの黒髪をかきわけて耳にかけて行く。

「げはっ」

炭酸の塊が喉に落ちた。ウソップは、鼻の奥の痛みに咳き込んだ。

「お、おい、平気か」
「だいじょぶ、大丈夫」

今日のサンジは気前がいい、と優しいを通り越して、ちょっとおかしい。
思わず立ち上がってしまったウソップは、今更座り直すこともできず、逃げ場を探して素っ頓狂な声を上げた。

「と、トイレ」

ちょうどグラスも空になっている。サンジは軽く肩をすくめて、駆け出す勢いのウソップを追った。



トイレに逃げ込み、洗面所で顔を洗ったウソップだったが、どうにも動悸が治まらない。
ナミから借りたスカーフで顔を拭いてしまい、しまったと思ってから、ウソップは彼らしくもない溜息を吐いた。

「あんまりだ」

ウソップは、どちらかと言えばサンジが好きだった。以前、ナミにだけはその感情を打ち明けた事がある。と言うより白状させられた。
多分今日の出来事は、偶然半分、ナミの企み半分、いやそれ以上と言ったところだろう。

「ありがてぇけど、ありがたく、ねぇよ」

ウソップは、何より面倒くさいことが嫌いだった。
相手がサンジという時点で、ほとんどのことは既に諦めている。
仲間同士でギクシャクするくらいなら、今のままの方が楽だし、サンジとこの先どうこうなんてそもそも想像の範囲外だ。
いつも通り馬鹿をやっていられればそれで良かった。仲の良い兄弟程度の、気楽な距離で十分なのだと気持ちの整理はついていた。
『ウソはオマエの十八番だろ』
サンジの言葉を思い出す。他意は無くとも、なんとなく、ウソップの耳に残る言葉だった。
ウソップは、皺の寄ったスカーフを丸めて、ポケットに強く突っ込んだ。
ウソだけではない。加えて逃げ足の速さも、ウソップは天下逸品なのだ。

「わり、待たせたな、サンジ」

トイレから出てきたウソップは、すっかりふっきれた様子でサンジに軽く手を振った。

「体力全快、すっげースッキリ。次行こうぜ、次」
「無理するなよ」
「してねーって。なんだ、サンジくんこそバテバテなんじゃねえか」

サンジが眉をしかめる。
あくまでウソなのだと、ウソップは自分に暗示をかけた。
今日一日だけのカップルごっこと割り切れば、変に意識することも、胸が痛むこともない。

「よっしゃあ」

そうして怒濤の、遊園地制覇が始まった。

「ぎぃやああああああああああ」

木製のレールの上を、これまた木製のトロッコが駆け抜ける。

「し、心臓に悪ぃ」
「こっちは鼓膜にクソ悪ぃ」

ウソップは胸を、サンジは耳を抑えながら地に足を付けた。

「オマエ、叫び過ぎなんだよ」
「遊園地の醍醐味だろうがっ。じゃ、次、サンジ決めろよ」
「そうだな、定番の、オバケ屋敷」
「げ」

だがしかし、この遊園地では全てが森をテーマにアレンジされていた。

「ぎぃやああああああああああ」

目の前にぶら下がった蜘蛛に、今度はサンジが悲鳴を上げる。更に巨大芋虫のオブジェを前に、サンジは完全に固まってしまった。

「サンジくーん、離してくんねぇとおれ、歩きずらいんですが」
「こっの薄情者。てめぇは仲間を見捨てて行くのか。人でなしっ、冷血漢っ、最低だクソ」
「だってこれ、ハリボテだろう。うわ、ぶにょぶにょする」
「触るなっ、触った手で俺に触るなっ、つか手ぇ離すな、置いてくなああ」

すっかり落ち込んだサンジをウソップが慰めつつ、軽く昼食代わりのおにぎりを頬張ってから、射的に挑戦。
ここには、アトラクションだけでなく小さな屋台もたくさん並んでいた。

「へへ。こーゆーのは得意なんだっ」

早速ウソップは、獲った玩具の首飾りをサンジに自慢する。

「もらっていいか」
「別に構わねぇけど、ナミやロビンにやったら怒られるぞ」

所詮、本物の宝石ではないイミテーションだ。
サンジは笑って、いつも下げているチェーンにトップの青い硝子玉をぶら下げる仕草を見せた。

「ああもう、分かったって。ちょっと貸せよ」

ウソップが、首飾りを適当にバラしてチェーンにつけてやる。
サンジがあまり嬉しそうにするので、ウソップは困って咳払いをした。
空島を思い出すようなトランポリン。巨大なタンポポの綿毛を背負って下降するパラシュート。
葉っぱの船の急流下り。カブトムシに跨ってメリーゴーランド。

「次、どうする」

ウソップが息を弾ませる。

「もう、粗方乗っちまった、か」

サンジの言葉に、ウソップの胸の奥がチクリとした。
気付けば太陽は、ずいぶんと西に傾いている。行き交う人々の影も、ここへきた時よりずっと長く伸びていた。
吹き抜ける風の冷たさに、ウソップはTシャツの裾を握る。
自然と、顔が俯いた。

「ヨホ」

やけに間延びしたシルエットだと思えば、陽気な声が降って来る。

「ブルック」

声を揃える二人に、ブルックがカタカタと歯を鳴らした。

「ナミさんから伝言を頼まれまして」
「ナミから」

警戒するウソップに、ブルックは告げた。

「私たち、お先に失礼しマス。この遊園地、夜には夜のチケットが必要ですから」
「なんだその、夜のチケットって」
「イベントがあるそうです。その時間帯まで残るには別料金をとられるとかで」
「そんな、だったらおれ達も」
「ヨホホ。良いんですよ、お二人は」
「ブルック」

華麗な骸骨走りを追おうとしたウソップが、華麗に、すっ転んだ。

「何すんだ、サンジ」

ウソップが躓いたのはサンジの足だ。
折れた鼻で喚くウソップに、サンジは「000」のTシャツを見せつけた。
四万ヒットは夜も有効らしい。

「制覇ってんなら、見て行こうぜ。毒を食らわば皿までだ」
「いやそれ使いどころ違うしコックが言うと怖えしっ」

遊園地のあちこちに、灯りがともり始めていた。



気付けば周囲は妙にカップルだらけで、いたたまれなくなったウソップはどんどん猫背になって行く。
その膝を後ろから軽く蹴って歩きながら、サンジはイベント見物に適した場所を探していた。

「あんまり混んでるところってのも、落ち着かねえよな」

サンジの言葉に、ウソップは溜息で応じる。

「だからって見えねぇところまで行っちゃ意味ねえ、し」

ウソップの溜息が深くなり、サンジは強めにその頭を小突いてから、何も言わなくなった。
すっかり暗くなった園内は、昼間とは別世界のようだ。
網の目のように張り巡らされた水路を流れる水の気配が、どことなく不気味に思える。
火の扱いにはかなり気を使っているらしく、見慣れたランプとは別の、ウソップの知らない発光体を用いた灯りが多く見られた。
いつもならば、どんな仕組みになっているのかと真っ先に覗きに行くウソップだが、今はその気になれない。どうにも気持ちが重かった。昼の疲れが出たのだと、ウソップはまた溜息を吐いた。
近くで歓声が上がる。

「お、始まったか」

人ごみの向こうで、何かが光っている。

「見ろよ、ウソップ」

サンジの声に顔を上げたウソップだったが、押し寄せる人の波に、二人の距離が開いた。
サンジはその腕を伸ばしてくれたと、ウソップは思う。
差し伸べられた手を取らなかったのは、掴まなかったのはウソップだ。

「サンジ」

見慣れた丸い金髪頭が、ウソップの視界から消えていた。

「サンジ」

慌てて名を呼んだが、人々の歓声にかき消されてしまう。
池の小島で、ある特異な現象が起こっていた。この島にしか自生しない植物が、花を咲かせているのだ。
リンドウに似たその花は、開花すると光を発する。
日没を合図に一斉開花した花の淡い光が、小島全体を青白く闇に浮かび上がらせていた。

「すげえ、イベントって、これのことか」

ふと見ると、ウソップの足元にも小さな花が咲いている。
ぽつんと咲いた青い花を見た途端、ウソップはなんだか息が苦しくなって、その場から駆け出していた。

「サンジーっ」

この景色は、ずるい。

「どこ行ったんだよ、サンジっ」

こんな景色、ひとりで見るには綺麗過ぎる。

「サン」

空気が不自然に動き、ウソップは、覚えのある気配に振り返った。

「ロビン?」

彼女の能力による花びらが一瞬、現れ、消えたと思う。

「お、おい、ロビン。どこに」
「良かった、探しましたよ」

しかしウソップを見つけて近づいて来たのはロビンではなく、忘れもしない、この遊園地の支配人だった。

「いかがでしたか、楽しんでいただけましたか」
「あ、ああ。その、ありがとう」
「お渡ししたいものがあって、探していました」
「でもおれ、今」
「これを、」

すぐにでもサンジを探しに行きたかったウソップは、半ば強引に渡されたものに戸惑った。

「今日の記念に、どうぞ、お持ち帰りください」

言って支配人は頭を下げ、賑わう人ごみの中へと消えて行く。
ウソップの手に残されたのは、一枚の写真だった。
いつ撮られたのか、そこにはウソップとサンジが写っている。おそらくは乗り物に乗る前、四万の数字をつくるため、サンジと並んだ瞬間だろう。
ウソップは、写真を見つめたまま、しばらく動くことができなかった。
『ウソはオマエの十八番だろ』
確かにそのはず、だったのだが。
今日は、楽しかった。
写真の中のウソップは、両手を大きく広げて笑っていた。
自分はこんな顔をしていたのかと、ウソップは写真を指でなぞる。
サンジの隣にいるウソップは、ウソをつくことなどすっかり忘れていた。楽しくて、楽しくて、ただその心のままに笑っていた。
どんなに逃げてみても、本当の気持ちは変わらない。
サンジと過ごした今日一日が、自分にとってどれほど大切なものだったのかを、一枚の写真が教えてくれた。
そんな一日が終わることに、自分がひどく落ち込んでいるという事も。

「綺麗だったね」

道行く人たちの声に気付いて、ウソップはようやく辺りを見回した。

「咲くところ、一緒に見たら片想いが叶うってあれ、ホントかもな」

そういう触れ込みで夜の遊園地には、カップルが集まっていたらしい。
人だかりが徐々に、散って行くのが見えた。もう花は咲き終えてしまったのだろう。

「おれ、」

ウソップは呟いた。

「バカだ」

全てが遅すぎた。

「ウソップ」

ウソップは慌てて、リストバンドで目を強く擦った。

「ウソップ、どうした。ごめんな、はぐれちまって」

息を切らしたサンジの声に、ウソップはただ固まってしまう。

「ウソップ、」

けれどサンジの方が、よほど泣き出しそうな顔をしていた。

「ウソ―」
「ああもう、んな連呼しなくたって聞こえてるって」

ウソップは怒鳴り、目の前のサンジの胸に写真を強く押し付けた。

「ナミが、ナミが悪ぃんだって思ってた」

驚くサンジに告げる。

「こんなカップルごっこ、なんでおれがしなきゃならねぇんだって腹立って、よりにもよってサンジが相手なんて、あんまりだって、仕組んだナミのこと恨んでたんだ」

サンジはただ黙って、ウソップの前に立っている。

「おれ、」

ウソップは息を吐くと、決心したように言った。

「帰ったら、ナミに謝る」
「ウソップ」
「分かってたんだ。ナミが金のためだけにこんなことするヤツじゃねぇことくらい、知ってる。勝手にナミのせいにして、誤魔化してた。逃げてた。おれ、」

ウソップはもう一度、目と鼻をリストバンドで盛大に擦り、泣き出しそうな顔で笑った。

「おれ、今日はすげぇ楽しかった。サンジと一緒にいられて嬉しかった。ナミには、ちゃんと、ありがとうって言う。だって、」
「俺も」

サンジの静かな声に、ウソップは続く言葉を飲み込んだ。

「俺も言わなきゃダメだな。感謝してる」

サンジに写真を押しつける、ウソップの腕からゆっくりと力が抜けて行く。

「俺が、頼んだんだ。全部」
「え」
「ナミさん、ロビンちゃん、ブルック、フランキー、聞かせるつもりは無かったが、あの毬藻剣士」
「お、おい」
「島のこと調べて、数字も狙った。少々の不正で当たる罰ならクソ食らえだ。こんなカップルごっこにも、オマエのウソにだって、すがるつもりでいた」
「なん、」
「何で、なんて聞くか、今更」

はぐらかすような口調で、それでも、ウソップの腕に触れてくる、白い指先が冷たい。
混乱し、俯いたウソップの目の前にはあの写真があった。
ウソップだけではない、同時にサンジの答えも、この一枚に写り込んでいるのかもしれない。

「ウソッ」

その時、祝福のベルが突然、ガランゴロンと無節操に響き渡った。

「な、なんだっ、今度はなんだっ」

ウソップの脳裏に、今朝のトラウマが蘇る。

「あ」

ウソップはサンジを押しのけ、池の島を指差した。

「おい、見ろよあれ」

無数の花が揺れている。ベルの音は、釣鐘型の花から発せられているらしい。今朝のあのベルの、オリジナルはこちらという訳だ。

「ううう、うるせえ」

ロマンチックもへったくれもなく鳴り響くベルに、ウソップは耳を塞いだ。
更には、揺れる花の幾つかが大きく膨らみ始め、光の粒がポップコーンのように弾け飛んだ。
その音たるや、爆竹なみの激しさだ。
一つが弾けると、それに呼応するかのように次々と花が散って行く。どうやらそうやって、種を遠くへ飛ばしているようだ。

「っな、聞いてねえぞこんな」

実はこの現象、島においても数十年に一度のものだったのだから、流石のサンジも知る由が無い。
光と音の騒々しさに、ウソップはとうとう笑い出した。

「あ、なんだって、聞こえねえよ」

サンジが必死に怒鳴る。
ウソップの口が動いた。

「だ・か・ら―」
「ックソ。聞こえねえって」

そのくせ、金の髪からのぞく、サンジの耳はみるみる赤くなって行くから。

「ウソップ、もう一回。もう一回言ってくれ」
「その手にはのらねぇよ」

楽団の音楽がどこからともなく流れてきた。
消灯していた観覧車が、コースターが、色とりどりの光をまとって動き始める。

「よおぉし、もういっちょ、回ってくるかあ」

拳を振り上げるウソップに、サンジは目を細めた。

「ウソップ」

まだ、終わらない一日。

「なあ、今度こそ。シメは観覧車な」
「それなら、まずはレッツリベンジ、オバケ屋敷だサンジくん」
「却下、ぜってぇ、却下」

ウソップはサンジの手を握ると、夜に浮かぶ、青い小道を駆け出した。












                                            ──END──







★しばたさんからのコメント★
最近サイト様、日参して書きました。怪しい人でごめんなさい。
あゆみさんのサンジの眉毛を煎じて飲んで、少しか格好良い兄さんをと思ったのですが、
結局ヘタれました。私は兄さんがヘタレてしまう病にかかっているようです。
力及ばず。
せっかくのイラストに、こんな話でごめんなさいですが、4万記念のイラスト、うちの神棚にいただけると嬉しいです。





…っきゃぁぁぁぁ!!!!!
わたくしのヘタレ絵に、素敵なすてきなお話を付けて頂いてしまいましたっ!
あないな一枚絵から、こんなにもらぶらぶ〜で幸せなサンウソ話が出来上がるなんてっ!!!
喜びのあまり、魂がウッカリ世界一周して自室にもどってきますた。
も、絵の方は熨しつけて豪華に装丁してお贈り致したい位ですっ!どうぞ末長ーーくお手元で愛でてやって下さいませvvv
頂いた喜びの三分の一も伝え切れていませんが…
しばたさーん!!
本当にありがとうございましたっ!!!
                      例の物もがんがりますー ←気長にお待ち下さいませ(^_^;)
 
                                     2009/09/28








あ、この素敵話の元になりました絵は…コチラでございます☆
当サイト四万打記念絵として、期間限定で配布いたしておりました〜

配布期間 2009/09/05〜2009/10/05

                                           ブラウザの戻るボタンでお戻り下さいませ