ナットウ。
知ってるぜ。あれだろ?腐った大豆。
冗談だ、冗談。
栄養価も高く食物繊維が豊富な食材。
ただ、なんつぅか、俺の料理レシピにはあまり出て来ないものだったんだ。
ウソップに言われる、それまでは。



「あ、サンジ。納豆だっ」

とある島の市場で見かけた藁苞に、長っ鼻が反応した。

「懐かしいなあ」
「なんだ、オマエの村にもあったのか」
「おう。たまにもらって食ってた。結構好きだ」
「へえ」

意外だった。
手に取ると、藁の香りがピリッと鼻に来る。
こういう食材は、クソ毬藻かなんかが箸三本でかき混ぜて食いそうなイメージがある。

「あ、豆がでっけぇなあ。おれの村のとはずいぶん違う。納豆にもいろいろあるんだな。サンジ」

小首をかしげて俺を見るウソップに、俺は自信たっぷり、笑い返してやった。
舐めんなよ、海の一流コック。

「作ってやるよ。納豆料理」
「料理?」
「サラダ、味噌汁、オムレツ、チャーハン、トースト」
「トースト!?」

ただでさえ丸い目が、飛び出しそうになるから。

「オッサン、あと20追加」
「まいどあり」

ウソップは俺の隣で、納豆パーティーができるな、と、長い鼻を揺らして笑っていた。





「サンジくん」
「すいまっせん」
「まあ、ちゃんと食べるんならいいけど」
「ごめんよナミさん」

しまった。レディにはちょっと、ニオイがきつい食材だったな。
まずはそのままの味を楽しもうと、朝食に出したのが大間違いで。

「ウソップぅ、これ、どこまでかきまぜればいいんだ」

クソトナカイが奮闘している。
角の先までネバネバだ。

「すっげ、こりゃあ粘るな」

放っときゃいいのに、世話を焼くウソップも悪戦苦闘。
豆のサイズがデカイ納豆は、その粘りも半端無かった。

「ガオン砲に仕込めば、兵器になるんじゃねえか」

フランキーの顔がマジだ。

「ちょっとやめてよ。考えたくないっ」

おっしゃる通りです、ナミっさん。
どうしてうちのクルーどもは、食材を武器にしたがるのか。

「べつになんともねぇけどなあ」

けろりとしているルフィは、粘る間もなく掻き混ぜもせず、丸呑みしたのだから論外として。

「気合が足りねえからだ、納豆の糸くらい、断ち斬れねぇでどうする」
「ヨホホホホ。速さです、速さが命。ちょっと楽し〜いー」

なんだ、剣士どもがここぞとばかりに技を見せ付けてくるから気に入らない。
お子様なトナカイと鼻は、奴等の箸さばきすっかり夢中だ。

「すげー」

おいおい、いいのかウソップ。そんな手元も見ねぇでぼんやりしてて。

「遊んでねえで、さっさと食え、ウソップ」
「お、おう」

だからいつもオマエは―。

「いっただきい」
「ぬなっ。ルッフィ、これはおれの分だっ、って。あー」

船長の襲撃により、宙を舞った納豆は大量の糸をまき散らしながらゴム製の口へと跡形もなく消えた。

「おおお、おれの納豆」

ったく、だから、言ったんだ。
学習しろよ。

「返せ戻せっ、おれのっ」
「もーふっひはっは」

こらこら、食いながら喋るな。
納豆が飛ぶだろうが。

「ちょっと」

凛とした彼女の声に、俺は上げかけた足を止める。
ダイニングの上に沸き上がる、黒雲のごとき気配。

「朝ごはんぐらい、」

直後、聡明なる航海士の拳が正しくゴムと鼻の頭に落下した。

「どうして、静かに食べられないのっ」

お見事。

「にっししし」
「痛っ、なんでおれまで」
「喧嘩両成敗」

冷たく言い放つ彼女だが、それも、俺の行動を見越してのことだろう。
項垂れる鼻を横目に、俺は席を立った。

「ナミさん、ロビンちゃん。ちょっと、待っててね。この納豆、もう少し食べやすくしてみるから。おら、ウソップ。食いたいならこっち来て手伝え」
「え?おれ、え?」

追加メニューだ。本当は夜食にでも、と、思っていたが予定変更。

「ぃいいなー、ウソップ」
「ルフィ、いいわよこっちの食べても」
「ホントかナミ」
「私たちの分は、もーっと美味しいのをサンジくんがくれるって」
「ぶー、なんかずりぃけど、ま、いいか」

さすが、ナミさん。

「ウソップ、そこの納豆、器にあけて混ぜとけ」

俺は、キッチンに鼻を招き入れると、新たに出した藁苞を並べて指示を出した。
大した距離でもないのに、あたふたと駆けて来る足音が俺の横で止まる。

「混ぜたらそれ、乗せて」

俺は食パンを三枚、食べやすい大きさに切り分けた。

「パンに?」

疑問いっぱいの顔で見上げて来るから、ヤバい、笑いそうになって俺は目を逸らす。

「美味いんだぜ」

ウソップと一緒に料理するのは、正直言って楽しい。
これで、二人きりってんなら文句はねぇんだが。

「邪道だ」

最悪のタイミングで遠くから、毬藻マンのいらん呟きが聞こえた。

「るせえ。だったら食うなテメぇ。絶対食うな。緑色植物」
「サンジっ」

パンに納豆を塗り終えたウソップが、次はどうするんだと言うキラキラした目で俺を見ている。
命拾いしたな、クソ毬藻ん。

「後はオーブンで焼くだけだ。チーズを乗せて」
「おおー」

ウソップはずっと俺の隣で、オーブンの中のとろけて行くチーズを眺めていた。
もう待ち切れねえって顔がやっぱり可笑しくて、俺もつい、オーブンの前から離れられない。
開けた途端に広がる、トーストの香りに長い鼻が上を向いた。

「よし、いい焼き加減だ」
「うっまそー、いただきまー」
「待て」
「ええー」

ここで、我儘は許さねえ。

「レディファーストだ」
「ずっりい」

抗議の声を無視して俺は、まず最も尊重すべきお二人の前にトーストの乗った皿を運んで行った。

「どうぞ、ナミさん、ロビンちゃん。納豆トーストでっす」

しかしお二人は顔を見合わせ、俺に悪戯な笑みを向ける。
ロビンちゃんが囁いた。

「今日は、火傷をしなくてすみそうね」

どうも、全てお見通しのようで。
そうなんですよあの鼻、何度同じ失敗をしていることか。

「サンジー、まだか」
「ああ、食っていいぞ」
「やった」

待ってましたとばかりに、程よく冷めたトーストに食い付いたウソップは、チーズと一緒に溶けちまったんじゃねぇかって顔で笑った。

「うめえ。おれ、こんなの初めて食った」

そうか。
そりゃあ、良かった。
照れくさくてつい、素知らぬ顔で煙草に手を伸ばしちまうが、俺はウソップにそう言われるのが何より嬉しい。

「そんなにうまいのか」

チョッパーが指、じゃねぇ蹄を銜えて言った。

「私も食べたい、です」

骨が真っ直ぐに挙手する。

「やめとけ。納豆は、炊き立ての白い飯に乗せるに限る」

まだ言いやがるか頑固藻親父。

「まあまあゾロ、そう決め付けずに食ってみろって。これ、ホント美味いんだぜ」

俺はウソップの言葉に、ぎくりと肩を強張らせた。
しまった、これはいつものパターンだ。

「なーサンジ、これさ」

俺はな、オマエのそういうお人好しなところも嫌いじゃあねえ、つもりだぜ。でもな。

「皆の分も、作ってくれよっ」

来た。
そうなんだよ。
コイツには、オマエだけにとか、オマエひとりの為にとか、そういう特別扱いの愛情が通用しない。

「パン、まだあるんだろ」

隠すのが遅れた。

「おれも手伝うから」

その一言に俺が弱いって知ってて言ってるか。
この鼻もしかして確信犯か。

「だって美味い料理は、皆で食いてーじゃん」

全く。

「分かった」

俺は頷いて、考えを巡らせた。

「今日のおやつに焼いてやる」

簡単な料理だが、野郎どもの分となると用意するには時間がかかる。

「あ、ナミさん、ロビンちゃん、お二人には別のスイーツをご用意しますから、安心してくださいねー」

手を振るとお二人は、俺達のやり取りに微笑んでいてくださった。
ウソップと一緒におやつの準備。
そんな役得狙いの俺にも、この船の女神はお優しい。

「ありがとな、サンジ」
「いいから、オマエその食べかけ、早く食っちまえよ」
「おう」

忍び寄る影に気付くのが遅れたのは、幸せに浮かれ過ぎていた、なんて言い訳にもならないだろうか。

「あー」

食べかけのトーストに食いついたのは、ウソップではなくルフィで。

「っむ」

あろうことか、それを持つウソップの手までが餌食に。

「ぎゃー」

ウソップと俺の悲鳴が響き渡った。一度ならず二度までも。

「るるるルフィてめ。おれの手まで」
「るるるルフィてめ、俺のウソップまで」

よくもよくも。

「食うなあああああ」

キッチンは大混乱だ。
飛ぶゴム。
回るウソップ。
絡まるアフロ。
飛ばされたトナカイ。
蹄型の付いた毬藻。
つぶれたリーゼント。
かくて、朝食の悲劇は起こり。

「やだ、ベトベトするわ」

ご、ごめんロビンちゃん。もう、こいつで拭いていいですこの鼻で。

「おれにつけんなっ」
「サンジくん、それとウソップ。御昼までに綺麗さっぱりこの部屋、掃除してちょうだい」

なんでもします責任とりますスミマッセンでしたナミっさん。

「どうしておれまで!?」

乱闘の末、納豆まみれになったダイニングは惨たんたる有様で。

「じゃ、しっかりやるのよ」
「オマエらどこ行くんだよっ」
「私?」

振り向いたナミさんの瞳に、呼び止めたはずの長っ鼻が震え上がった。

「お風呂よ、お風呂。ああもう、朝から納豆被るなんて、信じられないっ」
「ご、ごゆっくりー」

消え入りそうな声で見送る鼻の横で俺も、床に額を擦りつけて土下座しまくった。
なんたる、大失態。

「おう、道具は持って来てやったから…後は頼んだぜ、お二人さん」

フランキーが持ってきたモップは軽く三段変形くらいするらしい代物だったが、とりあえずモップ的に使えればいいので説明は聞き流した。

「じゃーなー、ウソップ。がんばれよー。サンジ、おやつできたら呼んでくれ」
「ごちそうさまでした。サンジ、ウソップ手伝い必要ならいってくれな」

反省という言葉すら知らないルフィとは違い、チョッパーは何度も振り返りながら出て行った。

「おうアリガトウ、くそトナカイ。大丈夫だからさっさと行けー」

掃除だろうがなんだろうがウソップと二人きり。
こういうチャンスをコツコツと、って俺、健気過ぎだ泣けてくる。

「ウソップさん、人間、諦めが肝心ですよ」

お、良いこと言うじゃねぇかブルック。
牛乳一本。

「アア、骨身に染み渡る……」
「イヤ、身はねぇし。って突っ込んでる場合じゃ…てか、皆薄情すぎるだろう…」

涙目になるウソップの肩をがっちり抱き込んで、邪魔な奴らは排除、排除だ。

「よし。始めるか、ウソップ。二人っきりで、めくるめく愛の納豆掃除」
「あ!?アホか。つかオマエくっつくな。おれぁまだ納豆ベタベタしてんだぞ」

大げさに飛び退くウソップは、大変分かり難くはあるがそれでもわずかに明らかに、照れている。
そういう反応するから、からかいたくなるんだよなあ。

「さて、と」

慌てるウソップを見ただけでとりあえず満足した俺は、戦闘開始とばかりに袖をまくった。
残念だが、おやつまでに片付けるには遊んでばかりもいられない。
まずはネバネバの発生源を片付けて、椅子とテーブルを拭かねぇと。

「サンジ」
「ん?」

困り顔で、ウソップが言った。

「その前におれ達の体のネバネバを落とさねぇか」

改めてウソップを見ると、確かに。

「このまんま掃除したんじゃキレイにならねぇぞ」

俺はともかくウソップは腕からなにから納豆まみれだ。

「あ?ああ、そうだな。着替え、ってより風呂が先か?でも今はナミさんとロビンちゃんが」

せめて、体を拭くしかねえだろう。
俺は、しょんぼりと立ち尽くしているウソップに向かって濡れ布巾を投げてやった。

「これ使え」
「お、おう………って、ココで拭くのか!?」
「ん?」

ウソップの顔が赤い。ああまあ、そうか。
俺も大概、日頃の行いがアレだから。

「なに警戒してんだよ。俺、そんなに信用ねぇかな」
「いや、さ、サンキュ」
「気になるんなら、外出るし」
「え?あ、や…そ、そこまでは…大丈夫だから…」
「俺、キッチン片付けるから。ダイニング頼む。そっちの隅で体拭いてこい。納豆でネバネバしたウソップなんてマニアックなもん見せられたら、仕事になんねーからな」
「っば」

バカと言ったウソップの声は、もじもじと語尾が消えていた。
ま、さっきのは冗談とばかりも言い切れねえんだが。
俺はウソップに背を向け、納豆まみれの食器を片づけ始めた。

「サンジが変だ」
「変はねぇだろう」
「だって」
「なんだ?俺といちゃいちゃしたかった?」
「っなわけあるか」

きっと、アイツは耳まで真っ赤になっている。
今俺、もったいねぇことしてるかなあ。
だけど。

「作ってやるんだろ、皆に」
「へ」
「へ、じゃねえよ。納豆トースト」
「あ」
「さっさと、掃除しちまおうぜ」

少しの間の後、アイツらしい、元気の良い返事がかえってきた。

「よし、任せとけ」






俺の料理を皆で食いたいって、そう言うウソップの気持ちを大事にしたい。
それって、俺の料理を認めてくれた証だと思うから。
メロメロもイチャイチャもいい、けど、ちょっとな。
格好つけたくなったんだ。
ウソップにいいとこ見せたくなった。
本当は納豆にまで嫉妬したなんて、口が裂けても言えない。
コックとして俺は時々、ひどくもどかしくなる時がある。
どうしたって人の味覚の真ん中には故郷の味があるだろう。
ウソップが故郷で食ったという食材に出会う度、結構本気で俺は、それに戦いを挑んでいる。
俺の料理で塗り替えてしまいたい。
ふとした事で思い出す味が、俺の料理であって欲しい。
実は、すげえ必死だ。
照れくさい話だが、俺は、おふくろの味、家庭の味ってのに憧れている。
ウソップがいるなら、出来る気がするんだ。
海賊船というホームで、一味というファミリーの、家庭の味を俺がつくる。
「特別」じゃ手に入らないアイツを、「当たり前」で落としてやる。
なんて、ラブコックとしちゃ結構、クソでかい野望なんだけどな。

「おおい」

呼ばれて俺は、ダイニングへと足を向ける。

「サンジっ。テーブルもういいだろ。後はモップで床を」

顔を上げたアイツの至近距離で俺は、ちょっとマジメな顔を作ってみた。
あー、ウソップ。
別に俺、家庭の味とは言っても、オマエのオカアサンになってやる気なんざさらさら無ぇ、から。

「サン」

触れるだけで諦める。
今は、な。
案の定、驚いて目を見開いたままのアイツの頬から、そっと唇を離した。
自分が最高に、格好良いと思える角度で俺は、愛しい人に笑いかける。

「ウソップ」
「うっわ、今、」

しかし、返ってきたのは最悪の返答だった。

「オマエ糸引いた」
「い」

ちょ、待て。
え、あ。納豆!?
おおお俺としたことが。
エレガントでナイトでプリンスなこの俺が。
だっから嫌だったんだ、納豆なんてっ。

「ううう嘘」
「ウソ」

ウソップは、けろっと言ってのけた。

「は」
「だから、ウソ」
「あ」

理解するまで、しばしフリーズした。そして目の前の笑い顔に、俺は心底やられた。

「てっめえ」
「掃除、済ませちまうんだろー」
「ウソップっ」
「おやつの前に、風呂入っちまおうぜ」
「そ、それって」

う、ウソップからお風呂のお誘い!?
舞い上がった俺を否定しないウソップに、ますます、モップをかける足取りは軽くなる。
ああもう、すっげー期待してイイデスカ。

「私たちお風呂上がったから、お二人さんどうぞ」

ああっ、ありがとうロビンちゃんっ。

「おーい、サンジー。おやつまだかー?」

待ってろルフィ。
悪いが俺達はこれから、先に風呂であーんなことやこーんなことを―。

「おう、ウソップ。 お前も入るか?」

な、お前「も」って何だ、「も」って「藻」って、その首からタオル何だそりゃ。

「っざけんなぁッ!!!! クソマリモッ!!!」
「俺も入らせてもらうぜ、ちょっとベタベタするような気がすんだよ」

そりゃオイル漏れだ風呂より整備だフランキー。

「あ、ウソップだ」

ってもう、トナカイは湯船でいい具合に茹で上がってるし。
お、俺の、いいや俺とウソップの。

「邪魔をするなあああああ」
「おーいブルック、背中流してやるよー。あー、オマエ背中」
「ヨホホ、背骨しか無いんですけどー」

ウソップまでーっ。
俺達は一味というファミリーで、ライオン頭のホームに揺られて今日も海を行く。
ウソップがいるなら、叶う気がするんだ。俺の野望。
風呂上がりには本当に、納豆パーティーになってしまった。
皆で食った納豆料理は、俺の料理レシピにしっかりと書き込まれた。










                                            〜終〜















あゆみ様へ。
ビッグサイトと納豆とチャットでお世話になりました(意外なものがランクインしてた)。
ありがとうございました。
あの夜の台詞を、あちこちお借りして、ちりばめてみました。
あの夜、お話してくださった皆さまお許しください。そして、感謝です。
納豆の糸引きチューという新境地の扉を危うく開きかけて慌てて閉めました。
醗酵具合微妙な納豆ですが、よろしければ食べてやってください。
しばた












ナガやのハナみ、しばた様から頂戴いたしましたvvvv
茶会で盛り上がってしまった納豆話が、こんなにも素敵な作品になるなんて…っ!
丁度、頂いたのが大阪合わせのペーパー原稿であわあわしている時でしたので…原稿作成
へのカンフル剤となりましたっ!も、最高ですっ!
サンジが常にウソップを大切に思っている様子が、ビッシビシ伝わってきまして…ウチの二人
にも煎じて飲ませ…いえいえ、掻き混ぜて粘った物体を食べさせたいですwww
しばた様、本当にありがとうございましたっ!!


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