いつも薄暗い男部屋では、光による昼夜の区別が付き難い。
がしかし、長年の経験で出来上がっている体内時計が起床を告げ…俺は静かにハンモックから滑り降りた。
ぎしりと床が音を立てるが、コノ程度の音で目覚める程の繊細な神経の持ち主は…特にこの男部屋在住のメンバーには、存在しない。
それでも、眠りを妨げない程度に小さな灯りを点すと、簡単に身支度を整え…最後にタバコを胸ポケットに突っ込むと、そろりと移動する。
移動した先には、毛布に包まれた人体。
特徴的な長い鼻が、微かに揺れるハンモックの隙間からにょきりと突き出ており…なんと言うか、実に器用な寝方だ。と、変な所で感心してしまった。
毛布に包まれ、実に幸せそうに眠る…ウソップ。
そんな寝顔を見ていると、自分ももう一度眠りたい誘惑にかられてしまうが…そこはぐっと我慢する。
「………ウソップ」
小さく耳元で名前を呼んでみる。
しかし、眠っているのだから当然反応は無く…
それが残念でもあるが、また安堵する気持ちもあり…ふ、と自嘲めいた笑いが唇から零れた。
こうして寝顔を見る僅かな時間が、自分にとって貴重な時間である…と自覚したのは、実はまだ最近の事だ。
最初は偶然。
やはり今のようにうつ伏せで眠っていたコイツに、一体鼻がどんな状態になってんだ?
と疑問に思い、覗き込んだのが最初で…それ以来、こうして毎朝寝顔を見てからでないと落ち着かない自分を発見し…
そして自分の気持ちにも気付いたのだ。
俺はウソップが好きだ。
勿論、最初は戸惑った。
レディ至上主義を貫き通した18年目の年に、何故に、何故に野朗…しかもこんな長っ鼻を!?…と。
だけど。
目は姿を追い。
耳は声を拾い。
体全てがウソップの一挙手一投足に、反応してしまい…その度合いが相当な重症である、とも自覚したのだ。
が、かと言って同じ思いをウソップが抱いているか?と聞かれたら勿論それはNOだろう。
そもそも、クルーの全員が俺のレディ至上主義を認知している事で…間違っても、男を好きになど成る訳無いと思っている。
……勿論コイツも。
と言う訳で、現状は確定たる片思いであって……
「あークソ信じられねぇなぁ………ったく」
コイツを好きになった事よりも、自分が『片思い』などと言う感情を抱く日が来た事である。
だけど。
だからと言って、素直に『好きだ』等と言える訳も無く…
今なら俺は、誰かに片思いをする世界中のレディの気持ちを100%理解出来る自信がある。
「妙な自信付けてる場合じゃ無ぇんだけどな………」
また一つ、唇から自嘲的な笑いが零れ……俺は小さくウソップに囁いた。
「…好きになれ」
俺を
「俺はオマエが好きだ」
無理は承知だ。
でも、語りかけるのを止められない。
「俺を、好きになれ……」
叶う事の無い願いを…想いを込めて。
静かな寝息を立てているウソップの頬に、そっと指先を滑らせ…温もりを確かめると、俺はキッチンへと向かうべく梯子に手を掛けた。
今日も騒々しいであろう、一日を思いながら。
*
キッチンの扉を開けると、何やら爽やかな香りがして…それがテーブルに置かれたミカンの香りだと気付いた。
滅多に口に出来る物では無いが、ナミのミカンの美味しさは知っているから…俺様は強奪作戦を思いついた。
幸い、部屋の主であるサンジの姿は無く…これは神が与えたもうた絶好のチャンスだと思ったからだ。
足音を忍ばせ、テーブルへと近付く。
そっとミカンを掴もうと手を伸ばしたその時…かごの陰に隠れていたのだろう、金色の頭が視界に入った。
心臓がドキリと跳ね上がった。
金色の髪の持ち主と言ったら、この船にはサンジ以外に居ないからだ。
「や、あのサンジ君!決して盗もうとか食べようとかそう言う訳じゃなくてだなぁ…そうアレだ!ビタミンが最近不足がちでって、違うぞ。お前のメニュー選択にケチ付けてる訳じゃ無くて……って……………………アレ?」
サンジの頭が動かない事に疑問に思った俺様が、恐る恐る覗き込めば………
「………へぇ、珍し……………」
そう、サンジが動かなかった訳は…テーブルに頭を伏せたまま、居眠りしていたのだ。
ま、コックの仕事に誇りを持っているサンジは、誰よりも朝早く勿論夜も遅い。
いつもどおりに騒々しい昼食を終えたこの時間帯に、こうして仮眠する事もあって良い筈だ。
だけど、そんな場面に出くわした事など、実は初めてで…
なんだか妙に珍しく思ったのだ。
「……疲れてんだろうなぁ、やっぱ」
あの、戦場のように忙しい食事風景を思い出し…一人ごちに呟いた。船の修繕や新兵器開発で忙しい俺様だけど、その上を行く忙しさだからだ。
先程、あんなに大きな声で騒いだにも関わらず、サンジの眠りは深いようで…静かな寝息と重ねるように波音だけが響く。
俺様はゆっくりと移動し…そっとサンジの隣に座った。
幸い、椅子もテーブルも味方してくれたようで…大きな音はたたなかった。
丁度この角度だと、サンジの寝顔が良く見える。
さらさらな金髪。
特徴ある渦巻き眉毛。
日中をキッチンで過ごす所為なのか、それとも日焼けしにくい体質なのか…男にしておくのは勿体無いほどに陶磁器の様な白く滑らかな頬は、肘を枕にしている所為で少しおかしな具合に歪んではいるが…そのどれもが欠けても、サンジにはなりえないから。
本来なら静かにミカンを頂戴して、退室すべきなのだろう。
もし今サンジが目を覚ましたら、ミカンは絶対に手に入らないだろうから。
だけど。
そう思いながら俺様は、サンジと同じように腕を枕にテーブルへ頬を付けた。
こうして角度を変えると、サンジの顔がもっと良く見えるからだ。
この気持ちに気付いたのは…多分最近だ。
サンジといると、楽しい。
勿論、他のクルーといても楽しいのだけど…
サンジとの短い会話とか。
手伝いの合間の遣り取りとか。
そんな些細な事が俺様にとって『特別』だと気付いたのは、本当に最近の事なのだ。
俺様はサンジが好きだ。
何度自分の中で考えて…そして否定してみても、この想いは消えることも無く。
所か、毎日の生活の中で…どんどん膨らんで行くから困り物なのだ。
サンジの声を聞くと、ワクワクしている自分。
サンジが話しかけてくるだけで、ドキドキしている自分。
サンジと一緒にいるだけで…ウキウキしている自分。
この想いが決して叶わない事も分かっているのに…である。
そう、サンジが俺様を好きになってくれる事は無い。
アイツのレディ至上主義は、もう会った瞬間から分かっていた事だからだ。
「………あーあ、なんでオマエなんて好きになったんだろ…」
等と聞いてみても、答えが返って来る訳も…いや待て待て。
もしも返ってきたら……それはそれで恐ろしい結末になる訳であって、返って来ない方が良いのだけど。
「夢なら都合良くいくんだけどなぁ……やっぱ無理あるよな」
今朝方も見てしまった、サンジの夢。
夢の中で、サンジは俺様に好きだと言ってくれるのだ。
夢だと分かっていても、やっぱり嬉しくて…だからこうして想いを捨てられないのだろう。
「………好きになってくれ…」
俺様を
「好きなんだ、サンジ」
オマエが
無理だって分かってるのに
「俺様を……好きになって欲しいんだ……」
「………任せとけ」
低い声がそう答えた。
確かに鼓膜に届いた筈の声なのだが…俺様は動く事が出来なかった。
視界の先で金色の頭が持ち上がり…けぶる様に美しい青い瞳が俺様を見詰め、サンジがやわらかく微笑んだのだ。
その美しい光景に瞳は釘付けになり…心臓はもう、うるさい程に脈打ち、全身の血が頭に集結したかのように頬が額が顔が熱くなっていく。
「さ、サンジ……おおおおお起きてたのか?」
それでも何か言わなければ!と思いそう話しかければ…サンジは目蓋を幾度か瞬かせ…
「……………………」
起きた時と同じように、ゆっくりとした動作でまたテーブルへと頭をあずけると………そのまま目蓋を閉じた。
「???…………サ……サンジ?」
「…………………ぐーーーーーーー」
体から一気に力が抜けた。
全身から冷や汗が噴出し、熱かった顔はそのままに…心臓はまだ早鐘の様に動き続けている。
「こ、この野朗………」
サンジの奴は、単に寝惚けていたのだ。
今すぐたたき起こしてやろうかとも思ったが、そんな事をしようものなら三倍になって返ってくるだろうから…ミカンを頂戴する事も忘れた俺様は、よろよろとキッチンを後にした。
*
短い眠りの中で、なにやら幸せな夢を見た。
丁度三時のおやつまで30分と言う所だったので、我ながら良いタイミングで起きた物だ。
「さてと…アイツの好きなホットケーキでも焼くかな」
点数稼ぎに勤しむ俺って、健気だよなぁ…と思いながらも、先ほどの夢を思い出す。
「しっかし良い夢だったな………♪」
夢は願望の現われだから、やはり俺の気持ちは間違っていないのだ。
今は無理でも、何時の日か…そう思いながら俺は作業を再開した。何だか正夢になりそうな…そんな都合の良い思いを胸に抱きながら…
キッチンを飛び出した俺様は、あわてて見張り台へと登った。
ここなら確実に一人になれそうだからだ。
「くっそーーーーサンジのヤツ………心臓に悪ィっての……」
まだ、バクバクしている胸に手を当てて、深呼をするも…頬の熱が引くことは無く。
もう少しするとおやつだから、キッチンに顔を出さないとサンジが変に思うだろうから、何としてもそれまでには…と、深呼吸を繰り返す。
「………にしても、驚いた………」
任せとけ、なんて答える辺りがサンジらしくて、ちょっと笑えた訳だけど…
もしもあの時、サンジの意識がハッキリしていたのなら、ああは答えなかっただろう。
「…ま、俺様にはあれで十分かな」
顔の熱が幾分かマシになったので、階下を覗き込めば…ふわりと甘い香りが漂ってきた。
「……サンジ…………起きたのか……」
多分もなにも、俺様が先程乱暴に扉を閉めてしまったから、起こしてしまったのだろう。
「……良い匂いだなぁ……ホットケーキかな?」
俺様大好物のメニューに、悪い事をしてしまった…と思いつつも頬の辺りが緩んでしまう。
「よっし!このキャプテンウソップ様が手伝ってやるかな♪」
心臓が落ち着いたので、俺様はキッチンへと向かう。
準備や片付けを手伝うと、色々試食させて貰えたり…それになによりもサンジが嬉しそうにするからだ。
「おーい、サンジ!この俺様が特別に手伝ってやるぜ!」
「なんだクソッ鼻か……まぁいい、このソース味見するか?」
ありふれた毎日の風景。
だけど同じものは二度とは無くて…
「な、サン………」
「なぁ、ウソッ………」
「「!!!」」
「…なっ……なんで同時に喋んだよ!」
「おま、おまえこそっ…………………で、何だ?」
「や、サンジこそ……何だよ」
ほら、もう少しで景色が変わる。
きっと明日はもっと素敵に。
〜END〜
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2007/04/01に発売されました、サンウソアンソロジーに掲載した物です。
ありがたい事に、発売から半年もしないうちに完売となりまして…関係者皆で手を取り合って喜んだ記憶も、まだ新しいですvvv
残念ながら、お手元にお届けできなかったサンウソ好きお嬢様方のために、少しでも…と思い、upしてみました☆
このアンソロ参加時点で、数点の『お題』が決められておりまして…で、私がこの時チョイスさせて頂いたのが『告白』と言う物でしたvv
…告白できてないし(爆)
でもでも、書いててすっごく楽しかったですvvv
やっぱサンウソは最高vvv
ブラウザの戻るボタンでお戻り下さい。
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