爽やかな海風がそよりと吹き抜け、同時に甘い香りが鼻先を擽っていった。
帆に推進力を与える風は船体の後方より吹き抜ける形になるから、
自然キッチンで何かしていると、その香りを拾って来る様だ。
今までに多くの船に乗り、長く…或いは短く、その中で時を過ごしてきたが
こんなにも緊張感を抱かないで済む船は初めてだった。
能天気な船長。
眠る事が趣味の様な剣士。
いつも船内を歩き回り、金槌の音を響かせている狙撃手。
…と、その後ろを付いて歩く船医。
船の針路ばかりか影のキャプテンな航海士…
そして…
「ロッビンちゅわ〜ん!おやつが出来ましたよ〜!」
丁度頭に描いたコックその人が、そう私に声を掛けた。
「ありがとう、今日は何?」
「本日のリラックスおやつは、洋ナシのタルトです♪」
どうぞ、と差し出された皿にはやや大ぶりにカットされたタルトが
バニラアイスと共に盛られていた。
「美味しそうね、ありがとうコックさん」
「いえいえいえいえいえ、ロビンちゅわんの為なら!」
相変わらず独特の動きをしながら…本当に器用だとは思うが…供された紅茶は
その表面も波立つ事無く…芳ばしい香りをさせていた。
「タルトの方を甘めに仕上げてありますので、紅茶はストレートがよろしいかと…」
「そうね……うん、良い香り」
私が香りを楽しんでいると、ばたばたと足音が聞こえ…
船長さんと狙撃手さん、それに船医さんが姿を現した。
「サンジーっ!おやつおやつ!!」
「うわー今日はタルトか?」
「うまそーだな、オイ♪」
三人仲良く身を乗り出し、私の手元を覗き込んで来る。
「美味しいわよ、とってもv」
と私が言えば、待ちきれない!とばかりに三人はキッチンへと入って行き…
「コラ待てっ!この…三馬鹿トリオが!!」
コックさんは私に一礼すると、風のようにキッチンへ。
しばらくぎゃいぎゃいと騒ぐ声が聞こえていたが…すぐに静かになったので
全員の口が食べる事に使用されたのだろう。
「あら、今日はタルト?おいしそうね♪」
女部屋へと続く扉から、航海士さんが顔を出した。
「ええ、今さっき『三馬鹿トリオ』の皆さんも食べに行ったわ」
「あはははー、サンジ君らしい呼び方だわ」
彼女はそう笑うと、私の向かいに腰を降ろした。
「そう言えば…ロビンって、私達の事名前で呼ばないのね?」
「ええ…何だかしっくり来なくって」
年下のクルーばかりなのだから、本来なら呼び捨てでも良さそうだが…
自分がまだ仲間になって日が浅い所為もあるのだろうが
最初にそう呼んでしまうと…それを変えるのは中々に難しい事で…
私がそう言えば、航海士さんも、
「私も、サンジ君だけ『君』付けてるけど…確かにそんな感じかな〜」
と、同意してくれた。
「ビビも…ゾロの事、最後まで『ミスターブシドー』って呼んでたし☆」
ミス・ウエンズデーこと、アラバスタの王女がそんな事を…と思っていた私に
航海士さんはこう続けた。
「でもさ、こうして仲間になったんだから…もう少し、くだけた呼び方してくれても
良いと思うのよね」
いきなり呼び捨てにするのは難しいけど…そうね、と私も相槌を打った。
「頑張ってね☆」
とだけ言い残すと、彼女はキッチンへと上って行った。
さて…私に課せられた、この一見簡単そうで…そして難解なこの課題。
どうしましょうね…と思いながら、タルトをもう一口頬張った時だった。
「くおらっ!このクソゴム!ナガッパナ!!」
「うわわっ!来たぞ逃げろ♪」
「おおっ!怖ェ〜〜!」
「待ちやがれッ!コノ…アホコンビ共!!」
どうやらまた何かを仕出かした様で、船長さんと狙撃手さんが勢い良く逃げてきた。
日常茶飯事なその光景を、航海士さんはキッチンから楽しそうに見ている。
「…そうね、頑張ってみようかしら」
この船に乗れた奇跡…その代償として、私が返せる物は果たしてあるのかどうか分からないが…
「でも…いきなり呼び捨てってのは…無理があるし…」
船長くん?剣士くん…はムリがある。
では船医くん、航海士…ちゃんってのも変だし。
かと言って、コックくん…じゃ、余計呼びにくいし…とそこまで考えた時…
突然閃きが舞い降りた。
「…うん、我ながら良い考えだわ♪」
そう思った矢先…
「うわ、うわわっ?」
「危ねェっ、ウソップ!!」
と言うコックさんの声と共に、階段を踏み外した彼。
きっと逃げるのに夢中になり、足元の注意を怠ったのだろう。
私は『腕』を生やして、その体を受け止めてあげた。
「……アレ?」
「大丈夫?……長鼻君」
私がそう声を掛けると、彼も最初は不思議そうな顔をしていたが…すぐに笑顔になった。
「アリガトなっ!助かったぜロビン♪」
「…どういたしましてv」
長鼻君はすぐに起き上がり、またばたばたと逃げ出した。
その後を追いながらも…コックさんが意味ありげな視線を送って来てくれ…
少しだけまた、皆との距離が縮まった気がした。
ふとキッチンを見上げれば、航海士さんがVサインしてていて。
私は笑顔でそれに応えた。
〜END〜