STARGAZE 〜君ト見ル星空〜
吐き出す息が、僅かに白くなる。
日中は汗ばむほどの陽気だが、こうして夜になると…確実に秋が、近付いているのが分かる。
俺は今日何本目なのか分からなくなっているタバコを、灰皿に押し付けた。
窓の外は、今まさに沈まんとする夕日の残りに染め上げられた田舎の風景が…こんな状況でなければ、美しい風景が広がっていた。
歩行者どころか対向車もなさそうなこの田舎道を、目的地へ向け走っている筈なのだが…教えて貰った目印を見逃してしまったのだろうか…一向に着く気がしない。
「………やっぱ、あの橋の横で間違えたか……?」
生憎とカーナビなんてハイテク物体は搭載しておらず…仕方が無いので、路肩に緊急停車し…地図を取り出す。
こういう作業は…アイツの方が適役なんだけどな…と自嘲的な笑みが零れる。
そもそも…俺がこんな田舎まで来るハメになったのは、店のクソジジ…いやいや、オーナーの一言だった。
なんでもこの辺りでは、上質な栗が採れるらしい。
今年のメイン食材を『栗』と定めた時はまだ良かったが…その仕入れを俺がするハメになろうとは……全くもって範疇外の出来事だった。
しかも、店の休みを利用して行って来い…との辞令に、喉元まで出かかった言葉を租借するのに苦労したものだ。
何故なら…俺の友人であり、恋人…ま、世間的にはナイショな関係だが…でもあるアイツの個展が、明日までやっているのだ。
必ず仕事と重なってしまい…いつも行けず仕舞いだったので、今回行けると分かった時のアイツの笑顔は………誰にも見せたくない宝石の様に美しかった。
「…………もうそろそろ終わっちまう時間だな………」
個展を見に行った後は、予約しておいたホテルでディナー。
そして勿論その後は…と、完璧な計画を練っていたにも関わらず…ジジイの一言で全てがぶっ飛んだのは、まだほんの一週間前の事だった。
オーナーの決定を覆す訳にも行かず…じゃあ、また今度来てくれよな!…と明るく振舞うアイツだったが…やはり落胆は大きかったようで。
特に今日は、美大の恩師が来るとの事で…朝、出発前に顔を出したが…果たして大丈夫だったのだろうか。
「……!!!…この道か…で、こうなって………オシ、あと少しだ!!」
そんな事を考えながらも、何とか道を確認した俺は再度ハンドルを握り…それからタップリ三十分をかけて目的地に到着した。
「ようおんさったなぁ…こんな田舎だで、本当にご苦労さんです」
「いえ、こちらこそ。遅くなってしまって、スミマセン」
方言丸出しの…しかし、人の良さそうなジイサンが、俺を迎えてくれた。
「ウチの栗は美味いっきに、たんと使うてやってな」
「はい、ありがとうございます」
まずはお茶でも、と案内された囲炉裏端では、息子夫婦と孫が三人、プラス飼い猫が三匹、待っていた。
賑やかな雰囲気に圧倒されながらも…頂いた柿の葉茶は温かく、冷えていた体を内側からほっこり暖めてくれた。
「まあま、夕餉も食べていきなせぇ」
「あ、いえ…其処までは…」
一人ぐれぇ増えたって、この大所帯だもんな。と、婆さんが笑い…皆も笑う。
この、古き良き日本を絵で描いた様な家族に…
…アイツと来たかったな………
と思った。
結局、もう今日は遅いので栗採りは明日となり、俺はこの一家に一晩やっかいになる事となった。
電話を借り、店の方には連絡をした。
夕飯も終え、つい先程風呂もいただき。
後は早朝の作業に向け、眠るだけなのだが……体は疲れているにも関わらず、普段の生活リズムが邪魔しているようで、中々寝付けない。
見慣れぬ部屋の天井と、静か過ぎる外。
しばらく暗闇の中で睡魔を呼び出そうと奮闘していたが…右に左に寝返っても、ますます目は冴え渡る一方だった。
「…………クソ…」
寝間着代わりに借りた浴衣では流石に寒かったので、自分の上着を羽織り…家人を起こさないよう、細心の注意を払って室外へと出た。
田舎の家らしく、トイレは屋外にあり…カラコロとスリッパ代わりのサンダルを鳴らし…とりあえず用を足した俺は、そのまま戻る気にもなれず…部屋にいる時よりも、よりクリアーに聞こえる虫の声に誘われるように、家の裏手へと進んで行った。
街灯も何も無い…本当に真っ暗な夜空。
呼吸する度に、自分の吐く息がふわりふわりと周囲の冷気に溶け込んでいく。
白と黒、その二色だけが瞳に映る世界。
その中に、降ってくる無数の光。
見上げた空には……
満天の星、星、星
頭上三百六十度に広がるパノラマに…俺は息をするのも忘れ魅入った。
ガキの頃に…遠足か何かで行ったプラネタリウムを思い出し、北極星を探したが…所詮素人の俺にはサッパリだった。
「………何してっかなアイツ………」
上着のポケットから携帯を取り出す。
一瞬、人工の光が顔を照らし…デジタル時計は丁度十一時半を回った辺りだった。
「まだ…起きて…………る訳無ぇよな……」
今日も一日、個展の会場で騒がしく過ごしているに違いなく…アイツの周りには、いつも多くの人が集まってくるから。
「……結構こんな山の中でもアンテナ立ってんだな…………ん?」
電波状況を示すアンテナ表示の横で矢印が点滅し……やがて一件のメールが届いた。
「………………誰だ?」
と、口では言いながら…こんな夜中に打って来るのは……一人しか思い当たらない。
ボタン確認音は消してあるので電子音はしないが、それでもカチ、カチ、と小さな音を立ててメールを開封する。
『今日はお疲れ様!旨い栗、手に入ったか?俺様もすっごく大変だったぞ!!明日時間あるか?いつもの店で個展の打ち上げしようと思ってさ♪ムリっぽいなら、また別な日にするんで、早めに返事くれよな』
ただの文字の羅列なのに…見ていると本人が目の前で喋っているように思えてしまう。
俺は迷わず短縮ダイアルを押した。
『プルルルルルル…プルルル…………ガチャ…』
「ウソップ!」
「サンジ!?起こしちまったか?」
悪ィ、と受話器越しに聞こえる声は…今朝聞いたばかりなのに、もう懐かしかった。
「いや、丁度眠れなくってさ……オマエこそ、疲れてんじゃねぇか?」
「まあな〜、あ、で明日はどうだ?来れそうか?」
ウソップは俺が自分の部屋から掛けている…と思っているんだろう。
「あ〜そのさ……」
俺は今日の出来事を掻い摘んで説明した。
「だから…明日はちょっとキツいかも………スマネェ………」
「良いって、良いって。そんなんじゃ仕方が無ェもんな、あ、その代わりって言っちゃあ何だけど…今度旨い栗のデザートつくってくれよな!」
それでチャラにしてやるからな!…と、聞こえてくる声は…少しムリをしているように聞こえるが、ウソップなりの気の使い方だから…俺も負けじと返した。
「おう、任せとけ♪とびっきりのヤツ作ってやるからな!」
電話越しでしか話せないのが悔しいが…今はこれが俺の精一杯だから…そう思いながら見上げた星空にふと思い立ち…俺は今の星座の事を聞いてみた。
「な、ウソップ…今、外ですんげー星見てんだけど……北極星ってドコだ?」
「北極星だぁ?秋に探すなんて無謀な事を…」
ウソップの細かな説明は、さっぱりだったが…ようするに秋には見えない場所に移動している…との事だった。
「秋は、主に…ペガススがメインなんだ。明るい四角を描くヤツが見えないか?」
…と言われても、俺にはやはり皆同じにしか見えず…
「悪ィ、聞いた俺が馬鹿だった」
「オマエ諦めんの早過ぎだろソレ……」
ま、らしい…っちゃ、らしいけどな。
耳元でクスクス笑う声に……胸の中がほんわり暖まった気がした。
「明日も早ェし……もう寝るな」
「おう、俺様も忙しいんだ!」
「じゃ…明後日にでも行くな」
「おう、楽しみにしてんぞ♪」
鼻の下を擦るいつものポーズで、そんな事を言っている姿が目に浮かび…つい、悪戯心が湧きあがってしまう。
本当に目の前にアイツがいるように…そっと携帯に囁きかける。
「楽しみなのは…栗?それとも………俺?」
「なっっっ………く、栗に決まってんだろっ!?」
受話器の向こうで叫ぶ姿も容易に想像出来てしまって…そんなお決まりの答えに苦笑しつつ、宥めにかかる。
「冗談だってーの。旨い栗、もってくからよ………」
「……………………」
「ウソップ?」
「……………………」
電話の向こうですっかり黙り込んでしまったウソップに……コリャ本格的に怒らせちまったかな……?と思った矢先。
「…………待ってるからな、サンジ。オマエを……………」
と、小さな声だが…はっきりとそう聞こえた。
「ウソップ!」
胸に熱い物が込み上げて来て…携帯に熱っぽく語りかけるも。
『ツ――――ッ、ツ――――――ッ、ツ――――――ッ、ツ――――――』
…と、すでに通話は終了された後だった。
しかし、俺の中には先刻のウソップの声がしっかり残っており…飛んでいける物なら今すぐにでも行きたい想いで一杯だった。
だが、もう一度掛けなおしても…出てくれる可能性は低そうなので、仕方なくメールを作成に掛かった。
『明日、絶対帰るから待ってろよ。絶対だ! おやすみハニーv』
送信ボタンを押した俺は…再度頭上を仰いだ。
相変わらず、どの星が何なのか…なんて事は判別不可能だが……
それでも…この空が、アイツのいる空と繋がっている。
そう思うと、シアワセな気持ちで心が満たされる。
「………速攻で採って、帰っから………待ってろよな………v」
そう囁きかけた俺は、星の海に向けて祈った。
自分でもそんなキャラじゃない事は、重々承知だが…それでも、この空を見ていると、とても厳粛な気持ちになるからだ。
「………ウソップ、あいしてるよ」
きっと同じ夜空を、同じ星空を…見上げていると願って。
そう呟いた俺の声は、高く澄んだ秋の夜空に吸い込まれ…
後にはただ、虫の声と静寂が残るだけだった。
〜END〜
丁度、一年前の秋に作成いたしましたコピー誌でした。
テーマは『同時に相手を想う』などという、テレパシーでも持ってるのか!?と突っ込みしたくなるものでしたが…
要は、現代設定が書きた病に掛かりはじめていた証拠です(苦笑)
車に大学に、農家に携帯にメール、と海賊では書けない要素を沢山詰め込んで、幸せだったのはワタクシです(爆)
本当に書きたかったのは、メールで遣り取りする二人だったんですが…サンジ君ったらアッサリ長距離電話してますよ?
料金気にならないなんて…なんてオトナなのかしら(笑)
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