カメオンの言いたい放題 9
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7/18/2006

連日の雨天の中、散歩も庭遊びもできない我が家のフレンチブル、トラジはつまらなさそうにしている。
雨の止み間に大急ぎで簡易カバーメイクをし、跳ね回るのを抑えて服を着せ、ハーネスを着け外に出たらもう大粒の雨が降り出していた。 OH MY GOD!
仕方なく散歩を中止する。
服を脱がされハーネスを取られ、あっという間にサークルに戻されたトラジはキョトンとしている。
その後の暴発が怖い。何かの期待を裏切られたり何かを引き出したい時、どこかの国のように暴発する。密かに「北 トラジ」と呼んでいる。暴発を食い止めるため早めにご飯の時間にする。
今、トラジは横でふてくされている。
折角カバーメイクをしたので、何とか止み間を見つけて散歩に行きたいのだが、雨はザーザーと止みそうもない。
ふて寝しているトラジに「バーバ(私のこと、夫はジージ)は面倒なカバーメイクをしてお散歩に行く努力はしたんだよ」と伝えたいが、如何せん言葉が通じない。
そういえば夫はトラジに長々とお説教をする。言葉が解らないのだから無意味だと私が言ってもやめない。
友人が「インド語で長々とお説教されるようなもので、ものすごいストレスだよ」と言っていた。
ペットの本によると、狼のボスが群れを叱る時は「ウッ!」と一声だそうだ。狼の仲間である犬もそういう叱り方がベストで、長々としゃべっていると犬に自分より格下と思われるという。
そういえば、トラジは説教を受けているうちに逆切れして、夫にワンワンと吠えることがある。私にはそんなことしないんだけど・・・・。
最近夫はやっとトラジに情が出てきたようだ。お洋服を着せてうれしそうに散歩に行き、道行く人にかわいいと言われたとうれしそうに帰ってくる。
それでもクールを気取っているのであからさまには溺愛しない。お酒をたくさん飲んだ時だけ本音が出て、嫌がるトラジを抱きしめて「お前はうちの宝だ」なんて言っている。
後日そのことを話すと、「そんなこと言ってない!嘘つけ!」と怒る。覚えていないようだ。
ついでに、ソファーに寝転がってトラジをお腹の上で遊ばせていたことも言いたいが、これはやめておこう。
普段、トラジの格下になるくらいなら死んだほうがマシと言っている夫だが、本に、パピーの犬をお腹に乗せると、上に乗っている自分の方が格上だと思ってしまうのでNGと書いてあったから。 残念!
暴発 やられた! うっひょー!楽しいぜ! by
トラジ
6/20/2006

やぶ蚊に刺されてひどく腫れた。
蚊ってどうして血を吸った後に毒を入れるんだろう。それさえなければそんなに嫌われなくてすむのに。ちいとばかしの血ぐらいいくらでもやるよ。生物は環境に適応しながら進化するというのに、毒を入れる蚊は解せない。
犬が楽しいことって、どうして人の嫌なことばかりなんだろう。
トイレシートビリビリ。机ガジガジ。カーテンビリビリ。
結果、サークルから出してもらえずいじけている。
狼から人間のペットやパートナーとして随分進化したが、もう一息!と思うのは、人間(私)のエゴだろうか。
なんて、知能だけ発達したけど、いつの時代も醜い争いごとが絶えない人間が、一番進化不足。間違いない!
初「はぁはぁ」 ご飯の夢見てる
6/11/2006

NPOユニークフェイスの代表でもあるジャーナリスト石井政之氏のブログから。
2006-05-28 いまさらだがiTune
目のやり場などなんとかなる 19:10
自分とまったくことなるタイプの疾患当事者と会ったとき、眼のやり場に困る。そういう体験をするのが異文化体験なのであって、そのとき眼のやり場に困ることを当事者のせいにしてはならないのだ。
「言いたい放題」に「奇跡の人」と打つたび胸がチクッとする。
私は間違いなく奇跡の人ではない。自分に見た目のハンデがあるので、初対面の人の瞳の中に驚きを見た時の悲しさが良くわかる。なので、同じ見た目のハンデを持つ人と出逢った時不用意なことはしないが、それは奇跡の人ではない。
石井氏の著書の中に、「同じアザ持ちさんと会うことはものすごく緊張とエネルギーを必要とする」というようなことが書いてあり、街で偶然アザ持ちさんを見かけた時の「ドキッ(ズキッかな?)」とする自分の気持ちと合わせて想像してみた。
勿論、自分と同じ当事者に会う時の緊張は、当事者でない人が当事者に会って目のやり場に困る、といったものとは種類が違うのだが。
そういえば同じ著書にあったのだが、初対面で打ち合わせをする間中、一度も石井氏と目を合わさなかった人がいたそうだ。
素顔で暮らしていた時、ほとんどの人が初対面で私を見て瞳の中に驚きがあった。その度に傷ついてきたのは確かだが、自分が奇跡の人とは程遠いのに、それを云々思ったり言ったりすることに後ろめたさを感じてきたのも確かだ。
もし私が当事者でなかったら、目のやり場に困る人はなるべく避けたいと思うかもしれないし、瞳の中の驚きで人間性を決められたら逆切れしそうだ。(実際、瞳の中の驚きで人格は決められません)
そう考えると、シュンとしたり悶々とした気持ちになってしまうのだが、
自分とまったくことなるタイプの疾患当事者と会ったとき、眼のやり場に困る。そういう体験をするのが異文化体験なのであって、そのとき眼のやり場に困ることを当事者のせいにしてはならないのだ。
に少し心が救われた。
目のやり場などなんとかなる
短いけど深くて重い言葉だ。

2006-05-22 名著
「うらおもて人生録」(色川武大)を読んでいる。これは名著である。再読したくなる1冊。私はかなり「運」を使ってきた、と思う。幸運と不運は一緒にやってくる、というのが私の信条。良いことがあると、悪いことがある、と覚悟する。その逆もしかり。だいたいこうやってバランスを取ってきた。でもこれでは5勝5敗の引き分けにしかならない。
故色川武大氏の著者は十数年前にはまったことがある。
ナルコレプシーという奇病を持ち、無頼生活経験を持つ、強烈な個性の作家である。
色川氏の著書に出合った時、貪るように読んだ。どうしてあんなに魅かれたのか今でも不思議である。
ずっと忘れていたのだが、石井氏のブログで又再読したいと思ってしまった。実家にまだ本はあるかなあ・・・。
阿佐田哲也というペンネームも持ち、麻雀小説は映画にもなったが、阿佐田哲也としての小説は一冊も読んでいない。故人となって、もう新しい著書が出ないのが残念だ。
新幹線から富士山を見るのが楽しみな日本人は多いと思うが、彼は新幹線の窓から見えてくる富士山にゾッとすると何かの著書で言っていた。
戦争で焼け野原となった大地にすべてが無常であると悟り、生涯居所を転々として住処を決めなかった色川氏の無頼に、何故だかとっても憧れる。
6/1/2006

これからの季節、アザ持ちさんには辛い季節ですねえ。
ペットを迎えることを考えたのは、仕事の終了と共に引きこもりになるのを恐れたからだった。
お散歩という大義名分(使い方変?)があれば、面倒なお化粧も頑張れるかなという期待と、お散歩の最中に新しい交友が生まれるかも、という期待だ。
けれど、ペットはまだ外出禁止で、解禁になる頃には、暑さに弱いフレブルは散歩に出せない。トホホ・・・。
結婚当初、義父母の突然の訪問が怖かった。これは勿論、スッピンの時の場合である。
ある日勝手口を開けると、ちょうど道を通りかかる義父と目が合った。夫の実家は徒歩5分程度の距離である。
スッピンだった私は、瞬時にして挨拶もせず扉を閉めてしまった。胸が痛んだ。
後日、義父にその時のことをやんわりと言われ、また凹んだ。
そのことを義兄(姉の夫)に話した。義兄は私から辛い話を聞く時、一瞬悲しい表情をする。
そして一言、「思い切って飛び込んで行きん」と言った。
その言葉の意味は良くわかった。逃げてないで、思い切って素顔で飛び込んだ方が楽になる、ということだろう。
けれど、その思い切ることが、私にはどんなに勇気のいることか分かっている義兄は、それ以上は言わなかった。
私にはそう言ったが、義兄は少しづつ夫に厳しくなったように感じた。恐らく、何故フォローをしないのだろうという思いがあったのだろう。本当の妹のように愛しんでくれる義兄に、私は愚痴るべきではなかった。すぐに弱音や愚痴を人に話すという、母譲りの最低の性格だった。
夫は良くも悪くも自分の両親とほとんど会話をしなかった。話す時はものすごくぶっきら棒である。
私たち母娘は何でも話すので少しびっくりしたが、男の子だし、色々な家族の形があるのだろう。
なので、私が悩んでいるとかそういったことを、両親とじっくりと話すということはありえなかった。
その後、義兄、義父母も天国に召された。
最後の数ヶ月は、義父の突然の電話にほとんどスッピンで訪ねたが、一度も違和感のある思いをしたことはなかった。少し前、叔母(義母の妹)の突然の訪問に思いっきり素顔を見せることになったが、瞳の中に驚きもなく、私の顔をしっかりと見つめて、見事に奇跡の人だった。奇跡の人、夫のルーツを感じた。
周りをシャットアウトして閉じこもる自分を考える時、いつも義兄の言葉を思い出す。
「飛び込んで行きん・・・・」
私の障害は見た目ではなく、心なのではないかと、そんな思いが頭をよぎる。
5/24/2006

フレンチブルドッグが我が家にやってきました。
ペットを飼ったら優しい気持ちになると思ったのに、思い通りにいかないしつけに毎日イライラ。鬼ははになってしまいました。
けれど鬼ははになった私を、ワンコはつぶらな瞳でジッと見つめます。ゴメンねー・・・。
5/2/2006

人生に定年はない
人生に定年はありません
老後も余生もないのです
死を迎えるその一瞬までは人生の現役です
人生の現役とは自らの人生を
悔いなく生き切る人のことです
そこには「老い」や「死」への恐れはなく
「尊く美しい老い」と「安らかな死」があるばかりです
道元禅師からのメッセージ 「慕古心」 大本山 永平寺より
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「慕古心」の中で、このメッセージが2番目に好きだ。(一番好きなのは「無常ならざるもの」
bU 2005.7.18)
何だか力と勇気が沸いてくる。
関係ない話だが、以前言いたい放題(bQ 2003.12.23)にもした韓国事情について、またフームと思うことが多い。
儒教の国韓国では、目上の人や年上の人への尊敬の念がハンパではない。昨今の韓国ドラマを観ても、両親に対する畏怖や尊敬が溢れている。中には、親だからといって子どもにそんな理不尽なことっていいの?と怒れてくることもある。けれど、韓国の人は健気なほどに親を大切にする。
韓国旅行の時、「韓国は年金制度がないため、老人は子どもからお小遣いを貰うのです」と、ガイドさんから聞いた。
公園などで日がな一日を過ごすというお年寄りを見て、子どもがない私たち夫婦は、日本に年金制度があってよかったなあと、しみじみ思った。
日本でも、ドラマ「おしん」のように、儒教や文化に関係なく親に従う時代はあったようだが、社会が豊かになるにつれて崩れていった。韓国もこの先更に豊かな社会になると、日本のようになってしまう日がくるのだろうか。
4/14/2006

家にいる時はほとんどスッピンで過ごしている。なので、一人でいる時にピンポーンとチャイムが鳴ると、一瞬身体が固まる。敏感になり過ぎて、時々TVの中のチャイムにもビクッとする。ピンポーンとチャイムを鳴らす家庭用置き薬のCMが嫌いだ(単なる逆恨み)。
先日家でくつろいでいると、少し接触不良気味の家のチャイムが鳴った。身体を強ばらせたまま、どうしようかと頭の中でクルクルと思案していると、「**さ〜ん、お母さんだよー。」と明るい声が聞こえてきた。
ホッとすると同時に、あんまりビックリしたので少し腹が立ったが(これも逆恨み)、それは抑えて玄関を開ける。母の後ろに、野菜の入ったダンボール箱を抱えた父がいる。畑の帰りに野菜をたくさん届けてくれたのだ。
「家に上がる?」と母に聞いているうちに、父はとっとと車に戻ってしまう。母の大声のおしゃべりを気にしながら、車まで見送りに出る。自宅は田や畑に囲まれた一軒家だが、誰かが通るのではないかとビクビクしている私をよそに、母のおしゃべりはいっこうに止まらない。車に乗ってもいつまでもしゃべっている。
早く帰るか、おしゃべりだったら家の中に入ってしてよーという私の気持ちが届いたのか、父に強制連行されて帰って行った。
ビクビクしながらも、折角きてくれたのに申し訳ない気持ちで、「今度はゆっくり上がっていってね。」と声を掛けた。
急いで家の中に入り一息つく。何だか疲れてビタミンCを30%ぐらい消耗したようだ。
その後色々考えてみる。私が表にスッピンで出ることがどんなに怖いことか、母にはわからないのだろうか? 少しぐらい想像できてもよさそうなものなのに・・・。
それよりも、ほんの少しの間もスッピンで外に出られない自分の方がおかしいのだろうか? こんなに気にしいの私が異常なのかも・・・。 考えれば考えるほど訳がわからなくなり、そのうちに考えることを止める。
年に数回父母が野菜を持ってやってくる度、この繰り返しである。
4月13日の石井代表のユニークフェイス日記を読んだ。
ユニークフェイス日記 http://uniqueface.cocolog-nifty.com/
近所のスーパーで、買い物をしていました。レジにいってお金を払おうとすると、隣のレジから子供の声がします。「おかあさーん! 変な顔だよ!」。男の子が、私の顔のアザを見て、指をさしていました。月に1度はこういうことに遭遇するので、その母子がどういう対応をするのかを見ていました。母親は、その子の頭に軽く空手チョップをして「バカなことをいってんじゃないの!」と言って終わり。うん、まぁまぁの対応かな。私はこんなことでもう傷つかないけれど、若い当事者はショックだろうなぁ。 (NPOユニークフェイス ユニークフェイス日記より転載)
これを読んで、カバーマークで暮らし始めてからは経験することがなくなった、昔の嫌な思い出が蘇った。
カバーマークを始めてからもう25年も経つのに、初対面の人の瞳の驚きや、見知らぬ人から掛けられた嫌な言葉、身体がそういうことを忘れていないと感じた。
石井代表は、「私はこんなことでもう傷つかない」と言っているが、月に1回遭遇していると、傷つかない心に鍛えられる日が来るのだろうか。全く心が傷つかないということは、ないのではないかな・・・。
私の場合、いつか素顔で生きていこうなんていう志し達成は、果てしなく遠い。
4/5/2006

近頃思うことなど
中国江南旅行からもうふた月近くも経ち、桜の季節になった。
寒かった江南の地も春が訪れ、菜の花や色んな花が咲いているだろう。旅行記はポツポツと更新している。
時間と共に細かな事柄を忘却していき、早く完結させなければと思いながら、なかなか先に進めない。
決して忘れることができない事に辿りつくのに、潜在的にためらう気持ちがあるのかもしれない。
製造中止になる前に買いだめしておいた、プライベート用のオルビスのカバーファンデが残り少なくなってきた。
少し厚塗りするとひび割れをおこし、薄塗りだとアザがうっすらと浮かぶ。最近その境の絶妙な加減がわかるようになってきたのに残念だ。手軽さはオルビスが抜群である。グラファ社のファンデはプライベート用には面倒すぎるので、オルビスに代わる物を現在さがしている。
舞台用ファンデというものがあるらしく、俳優さんが舞台から栄えるようにとしっかりとしたファンデは、アザ用にもなるらしい。一度これを試してみようと思っている。
演歌歌手や女優さんはきれいにお化粧をしているが、ある時TVで某歌手のスッピンを見たことがあった。なんと、小ジワやくすみ、シミのいっぱいある肌で、普通のおばさんと何ら変わりなくて驚いた。いつもは割とナチュラルに見えたファンデ使いも、長い時間かけて丁寧に仕上げているのだろうと想像できた。
カバーマークを使い始めた頃、そのあまりの面倒くささに母に愚痴ったところ、「女優さんも毎日それくらい時間かけているのだから」というようなことを言われた。女優と私の化粧とでは意味合いが違う。おまけに女優さんのファンデはきれいになるためのものだが、私の場合は「普通(の肌色)」になるためのものだ。
その時やっぱり普通の人にはわからないのだという孤独を感じた。だからといって母にどのように言ってもらいたかったのかはわからないし、母も精一杯の慰めの言葉だったのだろう。
お化粧についてはもうひとつ思い出すことがある。縁談があった時、アザのことを承知してくれているのかが一番の気がかりだったのだが、縁談を進めてくれている母の友人から母づてに、「大丈夫よ、今はどこの奥さんもきれいにお化粧して暮らす時代だから」と聞いた。
私が心配していることとズレているのはともかくとして、結婚相手にまで毎日面倒な化粧をして隠して暮らしていかなければいけないのかと、暗澹としてしまった。いまだ仲人さんの言葉の意味は不明だが、案外深い意味はなかったのだろう、お化粧すれば普通なのだから問題はないと安易だったのだと思う。
カバーマークの大変さや、隠して暮らしていくという気持ちの屈折は、当事者でないと分かり難いものだろう。誰でも自分が持ったり経験したことがないことは、想像し難い。
そんなことを考えたり思い出したりしながら、オルビスに代わるカバーファンデをサクサクとネット検索する。どうしてオルビスは製造中止にしちゃうかなあ・・なんだかなあ・・と思いながら。
追記:今日は結婚記念日。だからどうってこともないが、結婚前の不安はどこへやら、スッピンで夫の帰りを待っている。あの頃不安にしている自分に、タイムマシンに乗って「大丈夫だよ」と教えてあげたい。