メオンのいたい 12

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6/4/2007               

石猿日記」(石井政之さんのブログ)の5月31日、フリーター評論家、赤木智弘さんの「希望は戦争」という論考についての「[メモ]戦争は希望?」を読んだ。
リンクされている、同じく「希望は戦争」について感想が書かれた「いちヘルパーの小規模な日常」も読んだ。最後に

だが、せめて、心からこいつだけは「ひっぱたきたい」、殺したい、と本気で願う相手が赤木氏の人生にあらわれますように。せめてそういう誰かが赤木氏の人生にあらわれ、もっとずっといやな目に合わせてくれますように。(抜粋)

で括ってあり、何だかスッとした私ってイヤな奴かしらん。


それは兎も角として、石猿日記の方は、読んでシュンとしてしまった。
安部公房さん著書の「他人の顔」の主人公(たぶん)は、原爆により顔半分がケロイドになったのに、あまりの生き辛さに又戦争になればいいと願う女性。
戦争を願うのは、
「戦争になれば、外見の価値が下落する、そうなれば、人々はその中身だけが問われるようになるはずだ、という希望。」(石猿日記より抜粋)
平和を忌まわしいと思うくらいの生き辛さがそこにある。

女性は兄に言うのだ。「まだ、戦争は来ないね」と。

戦争はこない、自分を愛する人は現れない、仕事はない、哀れみしかない、希望はないと知った彼女は海で入水自殺をする。死に向かう彼女を兄は泣きながら窓から見ている。(石猿日記より抜粋)

大学生の時それを読んで共感したという、20年前の石井さんの心にも思いを馳せる。

カバーメイクで隠して暮らしている当事者は、天変地異などの異変がものすごく怖い。平穏だからこそ隠して暮らしていけるのだから。戦争なんてもってのほかである。
カバーメイクを始めてから素顔が人に見せられなくなった。若い頃、戦争が起きてカバーファンデーションが手に入らなくなったらどうしようと、真剣に心配したこともある。
けれどもし素顔で暮らしていて、アザで躓くことばかりの日々であったら・・・。戦争を望む心が芽生えたかもしれない。

20年前小説に心を揺さぶられた石井さんは、今は共感できないと書かれている。理由は、世の中のことに造詣が深い石井さんらしく奥深い。

私も共感できない。だって、戦争が起きたらご飯もまともに食べられなくなるかもしれないのだよ。
街中で生まれた父は空襲で家を焼かれ、戦争中はネズミも食べたという。育ち盛りなのにいつも飢えていた。
畑の作物を盗もうとしたところを見つかり、殺されるほど殴られたという(「火垂の墓」みたい)。その時盗み損なったトマトは、今でも大嫌いだそうだ(母談)。
片田舎の実家で畑の作物を盗まれていた母は、結婚後その話を聞いて、「ウチの畑の作物を盗ったのはあーんたかね」と言ったら、父は「バカ言え、そっち方面には行ったことない」と答えたそうだ。笑い話のようで全然笑えない。
父の経験、小説の女性の時代は、そう昔のことではない。

中学の社会科の先生から聞いた、「一部の人や政治家の中には戦争を熱望している人がいる。戦争で得することがあるから」という話を思い出した。おお・・怖い・・。


ドッグランは平和の象徴
  
戦争がおきると オイラ食われるかもしれんトラ

フレンチブルのドン君 可愛すぎ

      ドッグランって オシャレな人が多いトラ
                                           貧乏くさいバーバは 浮いてるトラ



バーバの腕を股に挟んで爆睡
  足抱き枕トラ
 




5/31/2007               

40歳を超えたあたりから白髪が気になるようになってきた。薄毛なのに白髪まで・・・シクシク。
ヘアカラーリング(白髪染め)は夫にしてもらっている。少々の染め残しがある度、「美容院でやってもらえば」と言われるが、数十分のカットでも生きた心地がしないのにとんでもないと思いながら、「うーん・・・」とうやむやの返事をする。

先回はじめて自分でカラーリングしてみた。薄毛なので思いの他簡単に終わったが、髪をひっつめて後ろ姿を鏡で見たら凹んでしまった。首の後ろは斑に赤いし、ヘアクリームで固まった髪の間の地肌が真っ赤である。頭も半分の地肌が赤いことは知っていたが、改めて見ると新たな驚きだ。

顔のアザは幸いなことにサイドにある。ただし、頬から首、耳から頭皮に続いているため、髪をひっつめて真横から見るとほぼすべてが赤い。
たまーにその横顔を鏡でじっと見ることがある。若い時は途方に暮れるほど悲しい気持ちになったが、今はもう少し違う感情もある。こんななのに頑張って生きてきたじゃないか・・・と、ちょっとだけ自分を励ます気持ちだ。この少し余裕の気持ちは、結婚によって安らぎの居場所ができたせいだろう。潮騒さんの治療記も希望の灯火である。
自分が好きでないし半生を消してしまいたくなる時があるが、これでも自分なりに精一杯生きてきたんだから仕方ない・・と、鏡に映ったアザに呟いてみる。

それにしても、この頭皮のアザが10cm顔の方にスライドしていたら、顔面が真っ赤になるところだった。頭皮も頭のてっぺんからツムジまではアザがないが、髪の分け目辺りにあったらヘアセットも大変だったろう。
以前、会社の後輩に「**さんの頭ってお猿さんのお尻みたいに赤くて面白いね」と言われたことがある。薄毛なのでツムジのすぐ下のアザは気付かれているらしい。知っていても誰も何も言わないが、稀に悪意の不在で無邪気に言われることが正直なところみたいだ。

髪の毛はとっても大切だ。日々感謝しよう。
それと、ヘアカラーはこれからも自分でやろっと。今まで担当してくれた夫に感謝しつつ・・・。


ジージと うたた寝
  腕枕してほしいトラ

顔・・ 怖いんですけど・・・・
  それがなにか?


あんたはいいわねぇ   毛が多くて
  
よかったら バーバに少しあげるですよ (トラジ)
                                             ぜひに・・・  (バーバ)




5/16/2007              

みーつん☆さんの書き込みや潮騒さんのブログを読んで、植物を愛おしみ、木々や花を愛でる人って素敵だなあとしみじみ思った。
庭に咲いた花を玄関に飾ろうかと思っても、花瓶の中で萎れてしまった花を先にイメージして面倒くさくなる私。母が玄関や床の間に活ける花を「ムダじゃ」という父に似たらしい。
何かを一生懸命やった後、充実感と同じくらい空しさが襲う私。これに何か意味があったのかな、私がいなくてもやらなくても何とでもなったはず・・・。ムダじゃムダじゃ。これも父譲りらしい。(こういう考えをしていると石のように動かない怠け者になります)

何万年か後の地球上の予想という番組を見ていたら、人類はもういなくて不思議(不気味?)な生き物がCGで闊歩していた。地上に国境や境界線をつけて年中血を流して争っていても、何万年か後には知らない生物のものである。なんてムダなんだ。ああムダじゃ、ムダじゃと思う私。これも多分父親譲りなのだろう。

けれどトラジと散歩に出かけて感じた、木々の緑の美しいこと、花々の可憐なこと。こういうものや、それを美しいと感じ愛おしむ心は、ムダとは無縁だ。
みんな一生懸命生きていて、世の中には確かにムダなことが多いが、やっぱりそれも生きていくってことなんだなあ。

夫が今年咲かせた洋ラン(たぶんカトレア)  ピンボケ
 
ほかにも洋ランたくさん咲いとるけど 名前がわからんトラ

浜辺で知らない人にナデナデされるトラジ  
  ありがトラ 
  
ムダじゃムダじゃの父  海をみて なに思う・・・・
  
悪口いわれとることを知らない大ジジ 特別出演だトラ
                    
海みて 珍しく 感動したらしいトラ





5/14/2007               

GWが終わって少し寒い日に、また風邪をひいた。
痰を吐くためにティッシュの箱が手放せない。体温調整がおかしくて、暑いのか寒いのかよくわからない。セキが止まらずカレーうどんの豚肉をゲロしてしまった(汚すぎ!)。でも食欲だけは衰えない・・・・。
液体の咳止めをガブ飲みしてたら舌の感覚がおかしくなって、ご飯があんまり美味しくなくなった。でも食欲は衰えない・・・・。

そんな時、洗い物をしながらフト観念的なことを思った。
理不尽は許せないが、理不尽とは関係ないどうしようもないことが世の中にはあったり起きたりする。誰のせいでもなく何かを恨むということではない、どうしようもないこと。それが生きる、生きていくってことだ。
こんな当たり前のことを考えると、今まではいつものように頭の上から「ムダじゃ、ムダじゃ」の声が聞こえてきた。(アニメ、ムーミンの中にこんなことをいうキャラがいました)
生きるってややこしくて、何でみんなこんなややこしい空間に生まれて生きているんだろうって思ってしまった私。

食器を洗いながら、だからそれが生きてくってことなんだと、不意にミョーに納得した。



こうしてPCに向かう私の膝(股)の中で、トラジがイビキをかいて寝ている。屈託なくてあどけない。
現在は100%チッチとウンチの失敗もなくなった。
児童虐待の番組で、母親が「カッとなるとスイッチが入って自分でも止められない」と言っていたが、少し前までは私も同じようなものだった。カッとなって、鼻面に手をあげたこともある。怯えた瞳をみてハッと我に返った。友人の言葉やネットで見つけた愛犬家のブログが、私の狭い心に警鐘をならしてくれた。

そんなひどい親なのに恨んだり憎んだりせず、こうして膝の上で安心して眠っているトラジ。
うれしいことがあると、短い尻尾が振れないので腰を振って喜ぶトラジ。
愛情を注ぐと倍返ししてくれるトラジ。
10年ほどの寿命のフレブル。今までの1年分を残りの人生(犬生)で償いたい・・・。

動物愛護センターに保護されたフレブル(グリムちゃんのブログ 5月10日より



新しい芸 ボーロをのせて・・・
  キャッチがむつかしいトラ

バーバの肉うどん
  そのうどん 1本ほしいトラ

  うまうま

お気に入りボール 何をしても放しません
  何するだ コリャ 

  バーバ 遊んでくれトラ




4/27/2007               

GWだGWだ。テンションマックス。
以前勤めていた会社はGWの時期が繁忙期だったため、ほとんど休日出勤だった。今ではGW満喫である。あまりにマックス過ぎて、GWが終わったあとのことまで考えて空しくなる。

とはいっても、GWが終わったあと地獄のような会社が待っているわけではなく、贅沢なもんだ。
忘れもしない26歳の正月休み。お正月も三が日が過ぎてもうすぐ仕事はじめという日、家で悶々としていた。その頃、会社で次長に嫌われて地獄のような日々を送っていた。些細なことで怒鳴られ本当に凹んだ。
ああ、もうすぐ休みが終わると思うとやり切れなくて、義兄とビール1ケースを空にしてしまった。二人で次の日ひどい二日酔いだったことを思い出す。義兄は、何だか辛そうな私に付き合ってくれたのだ。

会社は、周りの人に恵まれたため、その後十年以上勤めることができた。
次長はその後部長になって、私は会社を辞め部長は定年退職になった今でも、なんと年賀状のやりとりをしている。年に一回くらい「名古屋に飲みに出てこんか」と誘いの電話がある(勿論部長と二人きりではありません)。

その頃、もう会社を辞めようと思い年配の男性社員に相談した時、こう言われた。
「仕事や会社の人間関係は逃げられるけど、もし相手が旦那の親だったらどうする?逃げるわけにはいかんやろ」
結婚前の私はピンとこなかったが、けれどもその言葉で思いとどまり頑張った。
部長には誤解がありその後解けたのだが、今思えば、誤解以外でも私には至らないところがたくさんあった。「非は我にあり」

それにしても26歳の正月休みは辛かったなあ・・・。それに比べれば、GWが終わって空しいなんて贅沢すぎる。

ホームセンターで
  なんか買ってくれトラ (トラジ)
                                     買いません (バーバ)

4/24/2007               

バージニア州銃乱射事件の報道を見て、自殺した犯人の心の闇について想像してみた。けれどあまりに憎悪や屈折が大きすぎて想像できない。ほとんど病的に近いような。
犯人は、何十人も人を殺すほど社会から阻害されていたのか、不幸だったのかという素朴な疑問が残るが、幸せや不幸は自分の心の持ちようだから仕方ないのかな。

ユニークフェイス当事者も、ある意味社会に対して屈折があるが、ユニークフェイスは絶対こんな事件は起こさない。こんなに目だってしまうのはNGだし、攻撃的になれないのだ。攻撃的になれないところがユニークフェイスのもの悲しさでもある。
自身をカメラに撮って送ったり、全世界に配信されるなんてありえない・・・・。
子どもの頃いじめられたという犯人。ユニークフェイスだっていじめられた人は多いが、こんな事件はやっぱり起こさないなぁ。

犯人の生い立ちはよくわからないが、好んで心に闇をつくったわけではなく、可哀想でもある。
がばいばあちゃんに育てられていたらこんなことにはならなかったかも。

「うちはどうして貧乏なの?」という洋七少年の問いに
「貧乏には明るか貧乏と暗か貧乏がある  うちは明るか貧乏だから よか」

犯人がもしユニークフェイスだったら、ささやかなことを幸せと感じ、小さなことに幸せを見出せた かも?


遅ればせながら 2007年の春
  オリって たんぽぽが似合うおかま おとこトラ

ババは屋台のたこ焼きを却下されて 後ろをトボトボ歩いている・・・・
 サクラの景色にも溶け込めるトラ
                                    ババはジジに
                                    「さっきメシ食ったばっかやろ
                                     鏡見てみろ 顔パンパンやぞ」
                                    と 叱られていたトラ
        




4/10/2007              

昔姉から何気に聞いた義兄の言葉を思い出すことがある。
1999年栃木県のリンチ殺人事件の民事訴訟の判決を聞いて、また思い出してしまった。
国寄りの判決をする裁判官の名前をしっかり覚えておいて、「ノー」の意思表示をしなければいけないというような意味だったと思う。
そういえば選挙投票時に最高裁判官の国民審査の用紙が配られるが、私ってどうしてたっけ??

社会には理不尽なことがたくさんあり、理不尽に苦しむ人がたくさんいる。
35年前、政府の沖縄返還密約を明らかにして訴追された元毎日新聞記者の西山さんが、国に密約を認めて謝罪するよう求めた訴訟も、国側の判決だった。35年間も西山さんは、国という大きな相手の理不尽と闘っている。
先日の新聞には、62年前の沖縄で、日本軍が住民に集団自決を強制したという記述が修正されるという記事が載っていた。手榴弾で親兄弟を亡くした人たちはどんな思いでいるのだろうか。

中学の時、社会の先生から「犯罪者になるなんて自分とは関係ないことのように思えるが、いつでも誰でも犯罪者になりえる。全く違う世界のことではないんだよ」というような話を聞いた。
その時はへぇ〜?と思ったが、自分が犯罪者にならないで暮らしていけるのは、いくつかの幸運に恵まれているからだ。子どもの頃から寝食に困ることはなく、教育を受けることが出来て、自分がいなくなると悲しむ人がいる。
そういうことに恵まれなかったら、どこかで道を外しているかもしれない。そういうことを当たり前と思わず幸せと気づかなかったら、やっぱり道を逸れていたかもしれない。

同じように、いつでも誰でも、ある日突然に理不尽に巻き込まれることがある。理不尽が国家のような大きなものだったらやり切れない。
義兄の言葉は、いつ理不尽に巻き込まれるかわからない世の中で、他人事のようにボーっと生きていてはいけないという警鐘だったのだ。
そんなことに今頃気付き、ボーっと考える今日この頃だ・・・。


人間社会のことは・・・・
  オリには かんけいないトラ
  

 ぜんぜん かんけいないトラ

  かんけいないって!・・・・



3/27/2007               

あるはずのない腹ビレを持つイルカが見つかったという。
イルカを映し出すニュース番組を見て、変なことを思った。このイルカは仲間からいじめられたり特別扱いされることはないんだろうな。動物の世界はいいな・・。
どうしてこんなことをすぐ思ったかというと、ある理由があった。

この話を聞いた時、本当に気持ちが落ち込んだ。だから人にも同じ思いをさせてしまうのはどうかと思うが、敢えて言いたい放題しようと思う。一昨日聞いた**の話。
子どもの頃、町に「見世物小屋」があったという。場所も現在の**銀行の横の空き地とはっきり覚えていて、見に行ったこともあるという。現在、見世物小屋といっても何のことか分からない人も多いだろう。私だって聞いたことはあっても見たことはなく、そんな存在は江戸時代のことだと思っていた。

**の子ども時代だと昭和30年代後半から40年代初頭である。その時代にそういうものが存在していたなんて信じられない話だが、現在の中国を考えるとありえないことではないと思えた。
高度成長を続けながらオリンピックも開催される中国。けれど街角には、マフィアによって誘拐され異形にされた物乞いが佇む(旅行記参照)。
昭和39年、近代国家に仲間入りし東京オリンピックに沸く日本の狭間に見世物小屋があっても不思議ではない。
昔父が私のアザについて、「**(私)はいい時代に生まれてよかった」と言っていたと聞いたが、そういう意味もあったのかもしれない。人権が尊重され社会福祉が発達した現在ではありえないが、世や時代が悪ければ、食べていくため生活手段とせざるを得ないこともありえた。

先日、庭でトラジとスッピン(帽子を被り)で遊んでいたら、鍵を掛けた門の向こうから宅配さんが顔をだし目が合った。逃れようがないのでなるべくアザを見られないように受け取ったが、「どうも!」と帰っていく宅配さんに、自分が気にするほど人はなんとも思わないのかもしれないと、何だかとっても明るい気持ちになった。
それも束の間、見世物小屋の話が私の気持ちを萎縮させた。

見た目が人と違うことは特別なことではなく単なる個性と社会に定着させるには、当事者がパブリックにでなければ始まらない。大胆にいうと、アナウンサーにアザがあり普通にニュースを読んでいても違和感がないといった状態。
石井政之さんや小学校の教師になって教壇に立つ乙武さんは、そのパイオニアの最たるものだ。

そんなことを考えると、カバーメイクで隠しながら暮らし、昔の話に怯える後ろ向きの私は、自分の中に自ら見世物小屋を作っているのかもしれないと、また気持ちがシュンとしてしまうのだ。


  バーバ 後ろ向きの人生は×トラ ボクはだんぜん前向きトラ


3/23/2007               

華麗なる一族に悶々

古いアメリカ映画を観て驚くことがある。第二次世界大戦の時代、普通の家庭に冷蔵庫があったりする。こんな華麗な国によくも戦争をしかけたなと、今更ながらびっくりである。

日本の昭和40年代初頭も高度成長期とはいえ、まだまだ一般庶民は貧しかった。そんな中、ドラマの華麗なる一族が、お正月に格式のあるホテルで食事するのを見て、こんな世界もあったんだと感心する。私がまあるいちゃぶ台で鼻水を垂らしながら味噌汁ご飯を食べてた時代である。

「華麗なる一族」最終回。
稲森いずみが鉄平の妻である長谷川京子に「鉄ちゃんは大丈夫。兄妹だからわかるの」と言っていたが、実は鉄平は大介の本当の子で、お祖父さんの子である稲森いずみとは兄妹ではなかった。お祖父さんの子ならもっと図太くて、死など選ばなかったかもしれない。鉄平はB型の設定だったが、A型の方がしっくりするような・・・。どっちでもいっか。

大介は鉄平が自分の本当の子と知って悔やんだが、本当に悲しむのはこれからのようだ。今まで味方として使ってきた娘婿に裏切られ、なーんにも失くした時、はじめて鉄平の志と自分への愛を思い知るのだ。悲しい。

カレイ、かれい、華麗。ちなみに私は、ロバート・レッドフォード主演の「華麗なるギャッツビー」が切なくて好き。華麗ってもの悲しさの裏返しなのね。


ベジタリアンなボク
  
バ−バ 華麗なる一族の話題はもう古いトラ  レタスはうんめぇの〜


玄関扉のガラスのむこうに映るものは・・・・
   開けて〜 


置物のようにジッと佇むトラであった (扉が汚れているのは無視してください)
   入れて〜 





3/16/2007 bQ               

またまたワンの話。
基本的に私の中には父の自己中で冷たいDNAがあるため、鬼ババになることが多い。
そんな時思い出すようにしているのが、ワンを飼っている人の知る人ぞ知る「犬の十戒」である。
はじめてこれを見つけた時、大泣きしてトラジを抱きしめた。

すぐに姉にメールをしたら、姉もこれを読んでタロウを抱きしめたらしい。それからタロウはすんごく優しくされて、「甘えんぼタロウになってしまいました」というメールが届いて、私は大笑いしてしまった。
トラジもタロウもどうして突然抱きしめられるのか、飼い主がとっても優しくなったのか、訳がわからんだろう。

「クドリャフカ」という名前の、世界ではじめて宇宙に飛んだワンの話をご存知だろうか。
クドリャフカは旧ソ連時代、片道キップの宇宙船に乗せられた。当時、クドリャフカは発射後少なくとも一週間は宇宙空間で生きていたと発表されたが、実際には発射後数時間のうちにカプセル内の高温とストレスで死んでいた(2002年米国テキサス州で開かれた会議で証明)。
何が起きたか分からないまま、パニックになって死んでいったクドリャフカ。

姉はこれを読んだ時も号泣して、クドリャフカの為に「影膳」を作ったといっていた。
そして、「もう、悲しい話を教えるのはやめてね!」と私は怒られたのであった。


3/16/2007 bP               

トラジが1歳になった。色んな偶然が重なって我が家に来たトラジ。半年までは仕出かすことに訳がわからず鬼ババになったりしたが、やっと一緒にまったりもできるようになった。
今では、赤ちゃんの頃から夜鳴きもご飯の催促もしないトラジは、おしんのように我慢強くおりこうさんだと気付くことができた。ダメなのはババの方でした。

我が家に来て幸せだったかどうか・・・・。一緒に寝て、朝早くから長ーい散歩に連れて行ってもらえるような優しい家族に迎えられるところを、私がかっさらってしまったような気がしてならない。
芝生が青くなってもアレルギーがでないといいね。またフリスビーで遊ぼうね。

トラジがきてから色んな経験をした。はじめて動物病院へ行った時は、「お母さん」と呼ばれてこっぱずかしかった。そうか、トラジのお母さんなんだ・・・。けれど、やっぱり恥ずかしいので、家ではジジ、ババと呼び合っている。(決してまだジジ、ババの年ではありません)

今のご飯に落ち着くまで、トラジはアレルギーとの闘いだった。病院の薬が切れるとすぐに、お腹も胸も脇も一面赤いぶつぶつ。指の間は赤くただれて、噛みすぎて毛がなくなった。
サーモンのアレルギー用のご飯でやっと落ち着いたが、芝生が原因かもという心配がまだ残る。

誕生日にはいつものドッグフードをふやかして型をとり、好物のヨーグルトとバナナ、ミカンで飾った。ロウソクもどきはニンジン。
誕生日なので、いつもはアレルギーで食べられない豚肉と、大根、ニンジン、レタスと好物の納豆でおじやも作った。完食後、ギョエ〜、トラジ腹がカエルのようにパンパン。大丈夫かと心配するジジとババであった。


トラジ 一歳おめでとう 記念撮影
  
いつものごはんに いつものおやつが合体しただけトラ (トラジ)
                                   バレたか・・・(バーバ)


  よだれ出てまったトラ





3/15/2007                

石井政之さんの「石猿日記」の「巨乳アイドルが誘い込む、サラ金地獄への道」を読んでウームと思った。目の付け所が石井さんである。

人気のグラビアアイドルがカネのない男たちを誘うサラ金CM。調べると、バストが大きいほど大手の広告キャラに起用されていた。もちろん取り立てはその道のプロたちで、「巨乳」ではない。(一部抜粋)

取立てはその道のプロなのに、見た目をイメージキャラクターとして誘い込む恐ろしさ。
俳優の竹中直人と桃井かおりのCMはプロミスの関連会社らしい。
初めてこのCMを見た時、大物俳優で堅気そのものの二人が貸し金らしきCMに出ているのにちょっとびっくりした。そのうち、別に驚くようなことではないのかもしれないと思うようになったが、石井さんの寄稿を読んで、やっぱりあの時の違和感は当たりだったのだとわかった。

話は逸れるが、私は「**の妻たち」など、その世界を娯楽や美化する映画が苦手だ。だって、私たち一般市民には普段接点のない世界だが、何かの偶然で関わることになってしまったら、本当に恐ろしそうな世界だから。
昔、その筋の人らしき人とぶつかって、頭を叩かれ因縁をつけられたことがある。私は(若い)女性だったからそれで済んだが、何日も執拗に絡まれて自殺してしまった一般の人の話を聞いたことがある。
そんな世界を娯楽にしたり美化したりしたらいけないと思う。少年に百害あって一利なし。だから、そういうものに出演する俳優も尊敬し難い。
ちなみに、仲間由紀恵の大ヒットドラマ「ごくせん」は、ヤンクミの実家が(人の良さそうな)任侠一家という設定だったが、再放送で2回ほど見て止めた。(この手の話は怖いからもうやめよっと)

話は戻って、貸し金会社のCMに出ていたチワワのクーちゃんは元気かな。会社の不祥事事件でクーちゃんのイメージも汚れてしまった気がする。動物は本当に純粋なのに。
あのCMの影響で一時チワワがブームになった。どんどん高値になり繁殖が盛んに行われたらしい。ブームは去ってしまったが、たくさん繁殖されたチワワたちは幸せに暮らしているかな。

ユニークフェイスのイメージは映画の悪役にされたりするが、実際のユニークフェイスは社会からはみ出さないよう、真面目に一生懸命生きている。ユニークフェイスがCMのイメージキャラクターになることは絶対ないが、癒し系のイメージキャラクターの裏には大きな落とし穴があることに、お金を借りる皆さん、気をつけましょう。

ちなみに、トラジに貸し金会社からCM依頼があっても(ありません)決して受けません。100万円でも受けないぞ!(1億円だったらすごく悩む・・・意志薄弱)


偶然のカメラ目線
  バーバ ボクはカメラ目線ができないのでモデルは無理トラ 


3/12/2007                

花粉警報が発令しまくる昨今、皆さんいかがお過ごしですか?

花粉アレルギーが我が家にも一人いる。もう半月以上も前から「ヤバイ、ヤバイ」と言っている。洗濯も布団も屋外に干すなと言われながら、時々無視して外に干すフトドキ者の私(さすがに布団は干しません)。親戚にも会社にも目を腫らし鼻をかむ人々。本当に辛そうだ。

実は(何が実はだ?)私は花
粉アレルギーとは無縁だ。花粉アレルギーとは、体に入り込んだ異物(花粉)を、体が抗体を作って追い出そうとする反応が過剰になって発症するらしいのだが、イメージとして「アレルギーコップという容量の決まったコップを持っている」と仮定して、幼い頃からアレルゲンとなる食物や環境因子を取り入れていると、やがてコップが一杯になり、中身が溢れだして発症するという。
とすると、私のコップはXLカップなのかい?

どちらにしてもありがたや、ありがたや。
花粉アレルギーで目を潤ませていたら、目じりからカ
バーメイクがはげてしまう。泣いた時も(めったに外では泣かないが)すぐにファンデの剥げの方が気になる私にとって、花粉アレルギーのハンデは人の倍だ。
ひっきりなしに垂れる鼻水をブーブーとかんだり拭いたりできない、鼻や鼻の下にカバーメイクをしている花粉アレルギーのアザもちさんは、この季節どのように乗り切っているのだろうか。想像するだに気の毒だ。

身体にかんしては、花粉アレルギーの他にも日々密かに感謝していることがある。
それは、目と歯が健康なことだ。涙目を誘うコンタクトははめられないし、メガネをかけてカバーメイクはできない。極端な近視だったら、コンタクトやメガネなしできれいにカバーメイクをするのは大変だったろう。最近老眼が進行してきたが、加齢によることは仕方がない。

歯に至っては、子どもの頃歯の優良児に選ばれたことがあり、永久歯になってから虫歯になったことがないので虫歯の治療あともない。このまま80歳になったら、間違いなく総入れ歯と思われるだろう。
歯の手入れもいいかげんなのに、ありがたや、ありがたや。
余談だが、夫はひどく酔っ払うと私を羽交い絞めにして、口を大きくこじ開けて、「歯が黄色い。もっと歯を磨け。うっしっし」という。意味がわからん

結婚したばかりの頃、夫のメガネのレンズにふざけて指紋をつけて、ひどく叱られたことがある。
今でも覚えている夫の言葉。「これはオレの目なんだよ」
老眼になってはじめて分かる視力が弱い夫の気持ち。当たり前にあった身体の能力がいかにありがたいことか。
カバーメイクをしてこの季節を乗り切るアザもちさんに心からエールを送りながら、私もいつかアレルギーコップが一杯になる日がくるのだろうかと、そんなことをぼんやり考える。

PS.ただし、目と歯が良い分、耳がねぇ・・・・難聴はつらいっす


車で15分の穴場公園で
 早く走りたいトラ


お水をもらう前の「おすわり」「まて」 
  ボクは最近「おすわり」も「まて」も完璧トラ

 走った後は水道水でも美味しいトラ ねっ大臣!

川には野鳥がいっぱい (鷺に鴨に・・・)
 ジジとババが「あの鴨は食えるやろか」と
                                  話してたトラ


在宅ワークをしていると コタツの中からトラジが顔を出して・・・(縞がらは飼い主の太もも)
 「ババさま なにか手伝いましょうかトラ」(トラジ)
                          「けっこーです」(ババ)

 フン!!



2/24/2007                

毎朝5時45分に目覚ましがなりテレビをつける。起床時間の6時3分までうつらうつらする中、流れるニュースが頭の中をクルクルと巡る。今日もまた殺人事件のニュースだ。
毎日どこかで誰かが殺されている。そんな中眠気を一気に覚ますようなニュースに意識が釘付けになった。同居中の女性の3歳女児に、同居の男性が熱湯をかけたというニュースだ。お漏らしをした女児に熱湯をかけ、女児は顔や胸に大やけどをしたという。
女児は心の傷だけではなく顔や身体にも大きな傷を残して、これからの人生を生きていかなければならない。しかもそれは事故ではなく事件によってである。
男性の罪は殺人に匹敵するような重いものだと思うが、たぶん男性は数年間の禁固で社会復帰するのだろう。社会も一通りのニュースとして流れた後、振り返ることはない。
女児のことを考えると暗澹とした気持ちになってしまうが、どうか母親が愛情深い人でありますようにと願うだけだ。

最近赤ちゃんポスト(通称「こうのとりのゆりかご」)が問題になっているが、以前この話題を耳にした時、犬や猫の子じゃあるまいし(犬や猫も捨てないでね)ゾッとする、子捨てを助長するようなものだと思っていた。多くの人がそう危惧するだろう。
けれど、女児の事件を考えると「赤ちゃんポスト」もありかな、と思えるようになった。
一年間に150人近くの幼児が親によって殺されるという現実。大やけどを負わされた女児も「赤ちゃんポスト」に預けられていたらこんな酷い目には合わなかったかもしれない。
強引な言い方だが、赤ちゃんをポストに入れるような親は、子どもに愛情をかけたり幸せにはできないのではないかな。子どもに愛情を持てなかったり虐待してしまうのであれば、ポストに預けた方が子どものためではないだろうか。

会社の同僚に離婚をして子どもを育てている人がいた。ある日私が安易に「誰かいい人みつけて結婚したら」というと、こんな答えが返ってきた。「**(子どもの名前)の父親は一人だから・・・」
自分に好きな人ができても、子どもの父親は一人だから子どものために結婚は考えないということだった。
産みの親よりも育ての親というが、新しい親の愛情を受けて幸せに暮らす子も勿論多い。そういう家族を見ると心が温かくなる。けれども、中には虐待されたり心に傷を負う子もいる。
同僚は親の愛情としての本能で、そういうことから子どもを守ろうとしているのだと感じた。恋愛はしても子どものために結婚を望まない彼女に、親としての深い愛情を感じた。
といっても、彼女が特別子思いという訳ではなく、傍からみてもごく普通の親子で、親の愛情というものはこういうものなのだろう。

そんなことを考えると、自分の子どもに熱湯をかけるような男性と同居した女性に、子どもへの普通の愛情があったのかどうか疑わしくなる。親の愛情の本能で危険を感じなかったのだろうか。
母親から愛情を受けられず、知らない男性から虐待を受けるくらいなら、いっそ「赤ちゃんポスト」に救われたほうがまし、と思うのは間違いかな。
「赤ちゃんポスト」を提案した熊本の慈恵病院も、そういった子どもや親をたくさん見てきたのだろう。産みの親より育ての親。子どもを望む愛情深い新しい両親の元で幸せになれるかもしれない。
虐待を受けて育った子は、親になるとまた子どもを虐待するという連鎖もあるそうだ。

顔(と胸)に大やけどを負った女児に深い思いを寄せるのは、私がユニークフェイスであるからだ。
赤ちゃんポストは「美しい国」に不似合いとする安部首相。虐待される子にとって「美しい国」って何だろう?


ブサかわいい(ブサイクでかわいい)2枚
           
目こわっ 鼻から下が猿 下唇がチョーさん     眼飛ばし・・・・(呪いのまなざし)ヒョェ〜〜



2/18/2007                

最近の「言いたい放題」はワンのトラジのことばっかり、これではHPの本来のテーマから離れていると思いつつ、隠れファンという方の書き込みを読んでうれしくなり、調子にのってまたまたワン話である。
ワン話といっても良い話ではない。
最近、常時50頭のワンを置いているというペットショップのチラシが入った。私はすっかり忘れていたのだが、外出の帰りに夫が、「確かこの辺だったはず」と言ってお店を見つけた。

何かの倉庫だかお店だかをにわか改造した怪しげな建物の中にワンたちはいた。
何もないだだっ広い場所に外側はケージ、内側はダンボールが丸く並べられている。
まず入り口に置いてあるケージを見て驚いた。小さなケージの中にはベッドもトイレもなく、金属の網(棒)の上にいるワンのウンチは、5cmほど下のケージの底に落ちる。垂れ流しである。
安定しないウンチで汚れた金属棒の上で、1頭のフレンチブルドッグが身体を丸めてブルブル震えていた。近寄るとすごい悪臭が。
深いダンボールの底を上から覗くと、こちらもトイレやベットがなく、ワンが紙くずの中で身体を丸めていた。
店員は、無表情な中年男性が中央で、ダンボールに入れる紙をビリビリと裂いていた。

店を後にしながら、夫と話した。
「あのケージは鳥かごだよね」
「あのブルブル震えていた子は病気かな」
「夜になったら金棒の上じゃなくて、ちゃんとした平らなところで寝れるのかな」
「散歩なんかしてもらえんよね。生後5ヶ月のあの子は生まれてからずーっとあの狭い檻の中で暮らしとるんやろか。5ヶ月っていったら人間の5年分くらいだよ。何のために生まれてきたんやろ・・・」

お店には二組の家族がいて、子どもたちがワンを見て無邪気にはしゃいでいたが、休日なのにお客は少ない。
繁殖場から直送というこの店のワンたちは、生まれてまもなく母犬や兄弟から離され、いつまでこの酷い檻の中で生きなければならないのだろうか。
夫が、檻の中で比較的元気だった生後半年のホワイトのフレブルを買おうかと言ったが、私は首を振った。買うなら震えているパイドの子を選ぶだろうが、どちらにしてもワンはもうトラジだけ。
一日も早くやさしい家族に迎えられることを願うだけだ。

TV番組「ポチたま」で、保健所の犬を引き取り、里親探しをしているという小樽市の女性(堀内さん)が取り上げられていた。堀内さんは、ワンが行方不明になった時、何度も保健所に問い合わせ、自身も保健所を訪れた際、これから殺処分されるワンたちを見て衝撃を受けた。
自分のワンもこの子たちも同じ命。それ以来ボランティアで保健所のワンを引き取り里親探しをしているという。小樽市では保健所での殺処分数が激減しているというからすごい!

保健所に連れられた首に腫瘍をもつゴールデンレトリバーを引き取り、手術をした。
ワンを撫でながら堀内さんはこう語った。
「この子は家族と普通に暮らし、家族に保健所に連れて来られ、捨てられたことを知りません。家族が迎えに来てくれると信じているのです。そんな子が殺されるなんて耐えられますか(意訳)」

堀内さんが始めて保健所に行って受けた衝撃は、私が怪しげなペットショップで受けた比ではないだろう。私は保健所に行っても堀内さんにはなれないし、保健所のような後々うなされそうな場所には近づきたくないなんて思っている。
あの怪しげなペットショップの存在も知らなければよかった、知らなければあの震えたフレブルは今頃どうしてるだろうと暗い気持ちになることもなかったのに、なんて、連れて行った夫を少し恨めしく思ったりして。

それでも、こんな思いもひと月もすれば薄れていくだろう。やるせない場所には近づかないよう、何もせず、そんな風に日常は過ぎていく。



ドッグランでしつこくヘコられてボー然とするトラジ(飼い主の股の太さは無視してください)
 ボクは男の子です(去勢ずみの中性)

まだまだ落ち込むトラジを慰める?ブルちゃん(飼い主の足の短さは無視してください)
 ボクはキズついているのでほっといてください

きれいなお姉さんに撫ぜられるトラジ ヘコり犬がまたトラジを狙っている
 ババと違ってきれいだじょ いい匂いもするじょ
                              ヘコリ犬はどっか行ってください





2/13/2007                

またまた、最近の「言いたい放題」はトラジの写真が多い。色んな表情をしてくれるので写真撮り放題。ここ半年はトラジの写真しかないくらいだ。
ダックスフンドやコーギーなどの容姿はどれもあんまり変わらないが(ダックス・コーギー飼ってる方ゴメンナサイ)、フレンチブルドッグは容姿、柄とも個性が強い。もともと純血種ではなく、ブルドック、テリア、パグなどのミックスなので個性が強いのだろう。ある意味雑種だ。
片目の周りにブチのある片パンチの子には、自分のアザのようで親近感を持ってしまう。
(フレンチ・ブルドッグ連れ去り殺害事件の百代ちゃんは、片パンチに片まゆげの可愛い子で、飼い主の方は現在も裁判で闘っていらっしゃいます)
http://blog.goo.ne.jp/pochi0320/

生まれて半年くらいまでのトラジは、どうして人の嫌がることばっかりするんだろうと、毎日イライラの連続だったが、大人になるにつれお利口さんになった。5回「ダメ!」と言われたことは2度としない。
ご飯の前の一芸として、くるっとターンをし、「ご飯欲しい子、ハーイ」というと手(前足)を上げる。可愛いいったらない。

いつもトラジに「トラジー、淋しくないか?兄弟いらんか?」と聞く夫に、「いりません」と私が返事する。いくらお利口になったとはいえ、毎日2頭分のウンチングの世話をするのはかなわないし、2頭だと多分家が壊れるだろう。
淋しいかもしれないけど、トラジはずーっとひとりっ子だ。

お風呂に入って晩ご飯を食べると、疲れと晩酌のせいで夫はウトウトする。そのうちトラジと夫のイビキのハーモニーが始まり、同じように背中を丸めてうたた寝している二人に笑いをこらえる。似たもの親子?(フレブルって本当にゴゴゴゴってイビキをかくのだ)


姉の溺愛犬タロウと
   ちびっこいなぁ(タロウ) でかいでちゅ:汗(トラジ)

寝込みをいたずらされ(立派な虐待)
   や・やめてください(トラジ)

ドッグカフェで
  おやつ早くくだちゃい(トラジ)

大好きな芝スリスリ(フリスビーをくわえながら)
  もーっ!またシャンプー!怒!(バーバ)



2/11/2007                

最近の「言いたい放題」を何気に読み返していたら、気持ちがスカッと晴れるどころかどんよりするようなことばかり。得意のネガティブ全開である。
子どもの頃母から、「人の一生は重き荷を負うて遠き道を行くがごとし」とため息混じりに聞かされた。徳川家康のパクリだったのだが、子ども心に「生きていくのは大変なんだ」と思ったものだ。
どうして「人生は楽しいことがいっぱいあるから頑張って生きようね」と言って育ててくれなかったのか。

それでも人生はそんなものだと暗示をかけられたお陰で、自分を守ったり折り合いよく生きていく要領や術を身につけられた。今日もご飯が美味しくて、きれいな水にクルクルと流されていく健やかな俳○ンを眺め、幸せを噛み締める。

またまた母の言葉だが、「人は一生のうちに必ず一回は大きな災害や恐ろしい出来事にあう。お母さんたちは戦争を経験したけど、あなたたちにはこれからどんなことが待ち受けているのか心配だわ」
これから起こるかどうかわからないことで強迫観念を植え付けるのはやめてください。と私は言いたいが、子供の頃から植えつけられているので、ご飯が食べられて健やかなウ○チをきれいな水で流し、新鮮な?ペーパーでお尻を拭ける幸せが噛み締められるのかも。(っていうか、きたない話すぎ!)

ストーブでコトコトと骨付きのお肉と大根を煮込む。軟骨まで柔らかくなったお肉と大根に、父が栽培し乾燥させ丁寧に磨りつぶした唐辛子をかけ、夫の実家からいただいた柚子をしぼる。焼酎にも白いごはんにもぴったりだ。
父母は、食事が終わった後必ず饅頭系の甘いものを食べる。子どもの頃、どうしてご飯の後に饅頭が食べられるのか不思議で私は絶対口にしなかったのだが、40歳を越えた頃からDNAだろうか、父母と同じになってしまった。餡子系を想像すると唾がわく。
最近友人に頂いたお饅頭の美味しいこと。程よい甘さの高級豆大福と最中を頬張りながら濃いめの緑茶をすする。ボーッと放心状態になって、

「人の一生は重き荷を負うて遠き道を行くがごとし。時々豆大福でいっぷくも忘れないでね」
                                             (家康、カメオン合作)

                

     おやつを前に 待て状態

    
「自分はさっき大福頬ばってたくせに・・・」 (トラジ)





2/10/2007                

柳沢大臣の「女性は子どもを産む機械」発言騒動はどうやらもう下火になったようだ(たぶん)。連日の報道を聞いていて何だか、である。
二回目の「
子どもを2人以上持ちたいという極めて健全な状況・・・」発言に至っては、悲しくなってしまった。平日の朝の番組で、サンデーモーニングのコメンテーターでもある岸井成格さんが、「機械発言をする柳沢大臣は、自分の発言の何が悪いのかわかっていない。だからまたそんな(極めて健全)発言が出るのだろう」と言っていたが、その日の国会で柳沢大臣は、健全発言を悪いと思っていないと答弁していた。おお、やっぱり確信犯だ。

どうして「子どもを2人以上持ちたいという若者」と言えばいいところを、前に「極めて健全」とつけるのか。本人に直接聞いてみたい気がする。
彼の中では、人は大人になったら結婚して子どもをつくって、孫を持つ。この一連のことが常識で健全なのだろう。それ以外は健全でない不健全、常識的人間的アウトロー感覚なのかな。

けれど、人は様々である。見かけも生まれも環境も人格も考え方も様々な中で、彼の常識を健全とすると反感をかったり傷つく人がいる。王道のような人生の日向をずーっと歩いてきた彼にはわからないのかもしれないが、結婚したくても子どもがほしくても恵まれない人がいる。傷ついたり屈折したりして結婚や子どもを望まない人、諦めている人もいるのだ。
もし彼の身内にそんな人が一人でもいたら違ったかもしれないが、恐らく日向の一族なのだろう。
そんな人の痛みが想像できない人に、基本的人権を守ったりできるのだろうか、政治を任せたりしていいのかな・・・。

そういえば数年前、森元総理の
子供をたくさん生んだ女性は、将来、国がご苦労さんといって、たくさん年金をもらうのが本来の福祉の在り方だ。(中略)  子供を産まない女性は、好きなことをして人生を謳歌しているのだから、年をとって税金で面倒をみてもらうのはおかしい発言があったが、この数年前私は、数回のIVF(体外受精)を失敗して子どもを諦めていた時だった。

怒りや悲しいのを通り越して怖くなり、何十年後かに子どもを産まない女性狩なんかが起こった時のために
、努力したという証拠のIVFの諸々をしっかり保存しておかなくては、なんて思ってしまった。
別に森元総理が福祉や年金を払うわけではないのに、明らかにこの横柄な発言は、税金を自分のものと勘違いしている。

話は戻って、子どもを二人以上持っている人も、命を産むには様々な複雑な思いがあり、多くの人はそれを乗り越えてきたに違いない。それを「極めて健全」と評価されても、きっとムッとするだろう。
想像だが、子どものいない安倍総理は私的にも複雑(はらわた煮えくり返ってるかも)な思いがあるかもしれない。それでも立場上、任命責任ごと寄って集って弾圧する野党から柳沢大臣を擁護するしかない総理は、ちょっと気の毒かも??


                             
今日のトラジ
         
おりゃ!

         
とりゃ!

         
むむむ・・・

         
こりゃ!

         
へっ? なにか問題でも・・・?

         
参りました・・・(ラスカル)

    
弱いものいじめするんじゃないのっ!(バーバ)






1/28/2007                

もうずっと以前、韓国では美容形成をすることは特別なことではないと聞いたが、盧武鉉(ノムヒョン)大統領も二重まぶたの形成をしていると知って驚いた。なぜに?  流行言葉の「意味がわからない」そのものだ。(大統領ってもっと他にやることたくさんあるやら・・・・)

中国の美容形成流行もすごいらしい。NHKのドキュメンタリー番組を見ていた。
中国から北海道に語学留学した男性が、事情により不法滞在をしながら働き、ひとり娘を医者にするため妻子に送金をする。男性は努力家で聡明で、生まれた時代や国が違ったら間違いなく何かに成功したであろうと思われる人物で、その血を受け継いだ娘も見事にアメリカ留学を成し遂げる。

驚いたのは、アメリカ留学に向かう途中、お父さんに会いに日本に立ち寄った娘が美容形成していたことだ。何年か振りに再会した娘にはにかみながら、「目、整形したんだね」とお父さん。娘の二重まぶたは明らかに形成のそれだ。
夫が「あれは失敗やな。アメリカでやり直した方がええんとちがうか」と、ボソッと言った。
稼いだお金のほとんどを送金し、妻子と何年も離れ離れになってお父さんは頑張って働いているのに、形成って?これも意味がわからん・・・である。

数年後、娘は見事に研修医になった。そして小太りの田舎娘だった彼女はすっかり洗練され、二重まぶたも自然なものになっていた。けれど形成をしていなくても、聡明で努力家の血を受け継いだ彼女は十分に魅力的な女性になっただろう。
番組は最後、男性が数年振りに妻が待つ中国に帰国するのだが、なかなかの感動ものだった。その感動のドキュメンタリーの中、やっぱり娘の美容形成だけが流れの中で違和感があり、滑稽だった。まあそれがドキュメンタリーなのだけど・・・。

盧武鉉大統領に中国の貧しい娘の美容形成。その美容形成する意味がわからないのだが、やっぱり何かメリットがあるのだろうか。
そのメリットを生み、美容形成に走らせる社会はどうなのだろうと考えると、何だか悶々としてくる。アザを隠したり治療をしなくても暮らしていける社会などというものは、理想郷のそのまた果てのようだ。

ありのままで生きる。どんどん難しくなっていく。


トラジはいつでもありのまま
            


1/22/2007                

お正月明け風邪を引いているうちに、もう1月も半ばを過ぎてしまった。暖冬なのだろうが、何だか毎日ゾクゾクする。ゾクゾクと鼻水ズルズル。
でも冬はそんなに嫌いじゃない。寒ければ着込めばいいから。報道番組で2040年には北極の氷が解けると言っていたが、夏なんかどんな暑さになるのやら。これから33年後、私はまだ生きている可能性大。そんな灼熱の世界は恐ろしい。こどもたちの未来をどうするのだ・・・。

話は変わって、カバーファンデーションが残り少なくなったので年末に注文した。今まではネットで偶然見つけた代理店(美容室)に注文していたが、メイクスポンジが古くなったのでグラファラボラトリーズに直接電話で問い合わせをしてみた。とても感じの良い対応をされたので、スポンジとファンデとパウダーをネットで注文した。
10年ほど前に(やっと)手に入れたフィニッシングパウダーを掃うハケが痛んできたので聞いてみたところ、案の定今では取り扱っていなかった。掃わずに濡らしたパフで抑えてくださいとのこと。大量のお粉を掃わずに抑えるのは難しい気がするのだが・・・・。

年が明けて指定日に商品が届かなかった。連休明けに電話をすると、何かの事情で遅れて本日配達になるとのこと。「はい、わかりました」と言って切ろうとすると、「大丈夫ですか?大丈夫ですか?」と心配そうな声。カバーファンデの到着の遅れをこれほどまでに心配してくれる人は、もしかしたら当事者の方かな?と思ってしまった。
「大丈夫です。まだ少しありますから。ありがとうございます」と言って切った。カバーファンデは命綱。これがないと外出できないから。正社員で働いている時に突然ファンデを切らしたらパニックになるだろう。最もファンデを切らすなんて恐ろしいドジはしないから大丈夫だが。

ファンデのクレンジングにDHCのクレンジングオイルを使っていたが、姉にもらったスピーディクレンジングオイル(コーセー)を使ったら驚くほどよく落ちた。DHCのクレンジングオイルは目頭にファンデやマスカラが残ったが、こちらはぬれた手で厚いファンデもマスカラもスルスルと落ち、値段も安いときている。現在の製品は「溶かすのではなく、化学で分解」するのだそうだ。あっぱれ!
以前のグラファのクレンジングは、ファンデを溶かして大量のティッシュペーパーでふき取っていた。洗面所のゴミ箱がファンデのべったり付いたペーパーでいっぱいになったっけ。数年前新製品になったと聞いたがどんなものになったのだろう。まさかまだふき取っているんじゃ・・・・ないよね。





1/7/2007                

明けましておめでとうございます。

今朝は一面銀世界となりました。さむーいです。
皆さんどんなお正月を過ごされたでしょうか。
私は紅白歌合戦が見れなかったので、年を越した気がしないまま新しい年になってしまいました。ちょっとだけ垣間見た紅白では、布施明がジョン・レノンの「imagine イマジン」を歌っていました。この曲は、メロディは聴いたことがありましたが、以前歌詞を知った時惹きこまれました。ビートルズ世代でもないし、ジョン・レノンもほとんど知らなかったけど、彼の曲が不滅な理由がわかった気がしました。


↓聴いてみてね
http://www.platon.co.jp/~nowhere/flash/john.html

想像してごらん 天国なんてないんだよ
想像しようとすれば簡単だよ
僕達の足下に地獄なんて無い
上には空があるだけじゃないか
想像してごらん 「すべての人々が
今日を生きている」ということを…

想像してごらん 国家なんて存在しない世界を
そんなに難しいことじゃないさ
何かのために 殺すことも死ぬこともない
宗教なんてものも存在しない
想像してごらん すべての人々が
平和のなかに暮らしていることを…

僕のことを「何夢みてるの」と言うかもしれない
でもこんな願いを抱いているのは 僕ひとりだけじゃないんだ
いつの日にか 君も一緒になって
世界はひとつに暮らすだろう

想像してごらん 所有なんてできないんだよ
君にもそういう考えができるかしら
欲張ったり飢えたりする必要はない
僕たちは人という兄弟なのだから
想像してごらん すべての人々が
この世界を分かち合っているのだと…

僕のことを「何夢みてるの」と言うかもしれない
でもこんな願いを抱いているのは 僕ひとりだけじゃないんだ
いつの日にか 君も一緒になって
世界はひとつに暮らすだろう




イメージ、想像ほど大切なことはないと思う。想像力の無さは、人や世界を不幸に導く。

石井政之さんの著書にこんなことが書かれている。

「日常生活でじろじろみられるために、気持ちが萎縮してしまう。顔の疾患は、身体障害とくらべられて、たいしたことではないと断言されてしまう。その顔のキズは誰にも見えるのに、心の傷は見えないために、周囲の無理解で孤独感に襲われる」
ここまで説明しても、たいていのジャーナリストはきょとんとしている。

実感として理解できないのだ。仕方がないので、ぼくから問う。

 「あなたの顔半分に赤いペンキを塗ったとします。あなたはその顔でいつもと同じ日常を過ごすことができますか?」


一〇〇%の人がうつむいて沈黙する。そして「できない」とつぶやく。(ユニークフェイス日誌より抜粋)



当事者に100の言葉を聞くよりも、自分の顔に赤いペンキを塗ったことを想像してはじめて気づくことがある。同じように、人のハンデや痛み悲しみも、想像力が欠如していると理解し難い。無理解は想像力の欠如である。

私は石井さんの著書に出合うまで、人に理解してもらえることはないと思っていた。今でもそう思っているが、この一節を読むたび胸がいっぱいになるのは、理解してもらいたいと思っているからだろう。
もし人に聞かれることがあったら、こう答えるだろう
「顔と耳と首半分に赤いペンキを塗ったとします。その上から厚いファンデーションを塗って平気で隠して暮らしていけますか?」

余談だが、想像力が豊かだと、逆に固まってしまうということもある。どんなに辛いだろう、悲しいだろうと想像すると、声をかけられない。でもそれは、無頓着とは別ものなのだ。